ゴブスラ異世界漫遊記

小さい飲兵衛

第1話ゴブリン誕生


気が付くと真っ暗で、息苦しくはないのだけど人肌よりも少し暖かい位のなんとも気持ちの悪い温度を持った何かに包まれて居る感覚。

布団とも違って爪の先から頭の先まで守られてるような…気を抜いたら眠ってしまうように安らぐ。

ああ!そうそう!去年初めて挑戦したダイビング体験の時みたいな感じ。水中なのに息が吸えたらちょうど今のような感じじゃないかな?


そもそも、何故こんな場所に居るのか。

俺は、昨晩の事を思い出すよう目を閉じた。


確か…高校から付き合いのある友人が、話したいことがあるから酒に付き合ってくれと、俺こと相模甚大さがみじんだいと親友で幼馴染の唐木田琢磨からきだたくまを駅前へ召喚した。

久しぶりの誘いに、俺達は良い報告があるのかと思ってお気楽に待って居たら、普段明るい友人の中府なかふが目の下に隈を作って、別人のように激やせして影を背負ってやって来たので、慌てて2人で駆け寄り、支えながら行きつけの居酒屋へと入った。


うん。ここまではしっかり覚えている。


その後は…酒を飲みながら中府の話を聞いた。

婚約者の浮気による婚約破棄で、慰謝料やら浮気相手に捨てられた元婚約者によるストーカー行為やらで、ここ半年地獄だったらしい。

予想外の胸糞悪い話を無限ループの様に聞かされ、たどたどしい慰める言葉を何度もかけるという、接待よりも気を遣う酒の席となった。


その為、不完全燃焼な俺と琢磨は、少量の酒で酔った中府をタクシーに乗せてから、顔馴染みのバーへと移動した。

んで…どうしたっけかな…


ああっ!そうそう!飲みやすい日本酒を出されて、2人で飲みまくった後、マスターに足元に気を付けて帰るように言われ、肩を組んで笑いながらフラフラと俺のアパートに…行ってないね。

行く途中で、何かをガッシャーンって2人で蹴り飛ばしちゃって、急にヒューッて階段踏み外したみたいになってから記憶が無い。


…おお…おおおお…いくら考えても分からない!

もしかして、下水道の中に落ちちゃったとか!?指と指を擦るとなんだかヌメヌメした感触ってヘドロだったりとかするのか!?

自分の周りがどうなっているのか暗くて目視できないので、滑る手を伸ばして何かに触らないか動かしてみた。


おおおおおぅうう…触るには触れたが、思っていたよりも近くに壁があり、ぶにょぉって柔らかいし生暖かくて、粘液のせいかヌルヌルしてる。

一瞬にして腕と足に鳥肌が立ったのが分かった。

どうにかしてここから出なくては!と気持ち悪いのを我慢して辺りを触りまくるが、どうやら袋のようなもので囲まれているような感じで出れそうもない。


助けが来るかもしれないと淡い期待を胸に、じっと待ってみたけど物音も聞こえないし、気配も感じないから救出されるのを待たないでどうにかしなくてはならないと覚悟を決めた。

この袋は柔らかいから拳で突き破るしかない!


出来る気はしないけど!


取り敢えず、手を開いて指を揃え、チェストォォォオオオ!!と心の中で叫びながら突き上げてみた。

薄い袋だったみたいで、一撃で突き破ることが出来たのだが……


—ビチャッ!!-


まるで水風船が割れた様に袋が捲れるように縮み、粘液が汚らしく周りに飛び散った。

俺の目に映ったのは、粘液とファンタジー映画で見る特殊メイクだかCGだかを駆使したようなゴブリンが数体。

甚大じんだい、お前はまだ夢の世界にいるみたいだよ…ってもう1人の俺が囁きかけてくる。

夢かどうか確認する方法と俺は1つしか知らない。

頬を摘まんで引っ張ろうとしたが、滑る指先のせいかなかなか掴めない。

それどころか、指先に伝わってくる肌の感じがいつもと違いすぎる。

痩せこけた老人の頬のように皺があるのだが、皮膚が足の裏のように硬い。


《どうなってるんだぁああああああ!!!》


混乱してることもあって、感情のまま両手の拳を地面に叩きつけると、地面にヒビが入った。

それにもびっくりだけど、俺がもっと驚いたのは自分の手だ。

緑色で分厚く黄色い爪、老人のように皺があって骨が浮き出る手の甲。


《この子は…産まれたてで混乱しているようだ。アルバとキアーロを呼んで来い…》

《キアーロは、分かるけど…親のアルバを呼んだら気を失うんじゃないか?》


四つん這いで最悪な気分でいる俺の場所から3mくらい離れた位置にいるゴブリン達が何やら会議をし始めているようだ。

日本語じゃないね!

俺が話してる言葉もなんだか違和感半端ない。

酔って事故って夢見てんのかな!?


助けて!琢磨!!我が友よ!

ついさっきまで楽しく飲み直していた親友の顔が、脳内でお花と共に浮かび上がる。

地面に広がる粘液の上に、ポタポタとカルピスを薄めたような物が落ちた。

ゴブリンの涙って…イケナイ液体の色みたいだ!ってちょっぴり現実逃避した。


そんな俺にはお構いなしでゴブリン達は数を増やし、アルバだかキアーロだかを呼ぶ呼ばないで揉めている。

誰でもいいから連れてくるなら早くして貰いたい。

正直、自分がどういう状況なのかはっきりさせたくなってきたからだ。


《駄目だ!!!キアーロをとりあえず呼びに行ったんだけど、隣の集落でおかしなスライムが生まれたってんで引っ張られて行っちまった後だった!!》


一回り位小さいゴブリンが、口から汚らしく涎を垂らしながら上半身を上下に揺らして転がり込んできた。

どうやら下っ端ゴブリンのようで、普通サイズと思われるゴブリン連中から色々と言われ出してる。

連れ戻して来いだの、お前の足が遅いせいだの、なんだのかんだの文句を付けている姿が、上司の新人いびりの様で見ていて気分が悪い。

うちの会社で春によく見る光景ですわ。


《そんなに言うなら、体のデカい奴が行けばいいだろうが。動かねえで文句ばっか言ってんなよ。》

『お前が言うな!!』


おっと、全員から気持ちがいい位揃ったツッコミが入った。

ゴブリンの連携って凄いんですね。

すると、標的が俺に変わって、またヤイヤイ言い出した。

話が進まねえだろっての。


俺は、埒が明かない連中と言葉を交わすのは無駄だと判断し、粘液塗れの地面から立ち上がり、ニッチャニッチャジャリジャリ歩く度におかしな音を立てながら、ゴブリンの集団を割って外へと歩き出した。

よく分からんが、その何とかってやつを連れてこない事には話が出来ないようだから、俺が迎えに行くことにしたのだ。

下手にいうよりも行動を起こした方が、時間を取られずに済む。


動き出して体の機能が目覚めたのか、動きの鈍かった手足に力が入るようになり、ちょっとぼやけ気味だった視界が鮮明になってきた。

見えるようになってきたから情報収集の為、周りを見回すと、ここはブヨブヨとした楕円形の肉の塊のようなものが、いくつも置いてある洞窟のようだ。


俺がいた位置は、ちょっと高めの石の台の上だったようで、台から降りて騒ぎ続けているゴブリンの集団のど真ん中を歩いていると自分が小さいという事が分かった。

さっき転がり込んできた小さめのゴブリンよりも小さいとか…最弱の予感です。


さっき、産れたてだか何だかって話をしていたし、ヤイヤイ言っている奴らが肉の塊を指さして卵とか何とか言ってたから、ブヨブヨの肉の塊はゴブリンの卵らしい。

憶測だけだが、俺はそこから出てきた生まれたばかりの子供のゴブリンってことで、伸びしろがあるって信じたい。

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