海獣(cetus) 8
「喰われた月鬼も奴の繰り人形になった……そういうわけだな」
念を押すように儀堂が言うと、ネシスは慙愧をにじませた。
『おかしいとは思っていた』
嘆息して、ネシスは続けた。
『禍津は獣どもを生み出せるはずがないからの。こやつの母胎は、妾らの同胞から奪ったものじゃろう』
「それでやることが生み殺しとは、
ローンが「サトゥルヌス」と呟いた。ゴヤの名画を思い浮かべているのだろう。
「自分で産み出した魔獣を殺して、そいつを自分の糧にする。そういうことですか?」
興津が青ざめた顔で、おぞましい仮説を口にする。
「兵站度外視とは、夢のような兵器だな」
儀堂はうすら笑いを浮かべた。その冷ややかな視線の先には、追いすがってくる禍津竜の姿があった。
『しかし、解せぬの』
高声令達器から異議が唱えられる。
『妾らの魂魄は腹持ちがよい。わざわざ獣の生み殺しなど行わずとも、一鬼食えばそれで十分に腹が満ちるはずじゃ』
儀堂が目を細めた。
「お前がわからないのなら、俺たちは尚更わからないな。ネシス、お前の世界で、あの化け物は大人しくしていたのか?」
『そうさな。たまに、どこかの島を襲っては村をひとつ、ふたつを平らげて消えるくらいじゃ。益体のない奴じゃったが、かような厄災になるまで祟る真似はしなかったのう』
興津とローンが冷や汗を浮かべていた。
「村が消えるのは、十分に厄災だと思いますが……もしや、そちらの世界ではよくあることなのでしょうか」
ローンが信じられない面持ちで尋ねると、ネシスは哄笑した。
『面白いことを言う。同族同士を万で殺し合う輩には稀有なことなのかや? おぬしらとて屍を積み上げて、現世に至っているであろうに』
ローンは鼻白むと、肩をすくめた。
「これは痛いところをつかれましたね」
『禍津竜は、おぬしらにとっては物珍しい災いかもしれぬがの。妾たちにとっては、嵐や地震に似たようなものであった。ただ、それだけよ』
「相互理解は後にしろ。あいつの始末が先だろう」
ぬらりと青白い筋が<宵月>の眼前を掠めた。禍津竜が手を伸ばしてきたのだ。
「そうでした。申し訳ありません」
ローンは儀堂に向けて、軽く頭を下げた。
「ネシス、お前の話を聞くに打つ手なしのように聞こえるぞ。俺の気のせいか。まさかとは思うが、黙って食われていたのか」
『そんなわけがなかろう。たいていは禍津が来る前に逃げておったわ。言ったであろう。あやつは災害だと』
「逃げ切れなかったときは?」
『……妾の祖先は、かつて退けたことがあるというが』
ネシスは言葉を濁した。
「どうしたんだ?」
『平たく言えば、祓ってしまうのよ。あやつは魂を糧にすると言ったであろう。ならば、あやつの血肉となった魂魄を祓ってしまえばよい。さすれば、あやつは力を失う。その昔、妾らの祖先は大祓いと呼ばれる儀式を行い、奴の力を奪った』
興津が関心したように手を打った。
「そうか……囚われた魂を成仏させてしまえば」
『しかし、あやつを殺せるわけではない。あくまでも弱らせるだけのことよ』
「当面は、それで十分だ。ネシス、教えてくれ。すぐに取り掛かるぞ」
高声令達器が沈黙する。
「ネシス、聞こえているのだろ」
しばらくして、無念そうにネシスが言った。
『無理じゃな』
「なぜだ?」
『今の禍津は大きすぎる。大祓えは禍津を包み込むように儀式の陣を敷かねばならぬが、とてもではないが用意できぬであろう? それに、ここは海じゃ。妾の祖先が奴を祓ったときは地上であった。海原に陣を敷くことなど、できようはずがなかろう……』
「なんだ……」
口惜しそうなネシスをよそに、儀堂は興津へ目を向けた。二人とも儀堂と同じ結論に至っているようだった。
「何かと思えば、そんなことか」
『そんなことじゃと?』
珍しくネシスは困惑していた。
「ネシス、すぐに浮上しろ」
『なにをするつもりじゃ?』
「要は陣を敷けばいいのだろう。そんなこと、俺たちはずっと
数十分後、海上に出た<宵月>から大量の無電が打たれた。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
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よろしくお願いいたします。
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