海獣(cetus) 6

『噴進砲発射準備よし』


 砲術長からだ。


「総員へ告ぐ。手近なものに掴まれ。なければ伏せてろ」


 艦内の誰もが自分の身体を固定した。艦橋内には掴めるところは少なかったが、ローンと興津は伏せようとはしなかった。彼らは士官として、立ったまま状況を確認しなければならなかった。


 それを見透かしたように儀堂は付け加えた。


「加減はできない。覚悟しろ」


 ローンと興津は顔を見合わせると、自分を含め艦橋内のいる者全員を伏せさせた。


「ネシス、奴を噴進砲の射界に収めろ」


『承知』


 <宵月>は急速に針路を変えると、蜂のような曲芸航行で禍津竜へ近づいていった。竜は触手を繰り出してきたが、その動きは緩慢になっていた。


 そのまま触手の嵐を縦横無尽に切り抜け、禍津竜の平たい頭部へ向けて五式噴進砲の射界を確保する。


 直後にネシスはBMを展開範囲を広げ、禍津竜の巨大な頭部を取り込んだ。改めて見ると莫迦でかいの一言に尽きた。頭部の幅だけで<宵月>の全長に匹敵しそうだった。常人ならばパニックになったかもしれない。しかし儀堂が気圧されることはなかった。こんな規格外は今まで散々見てきたからだ。


 竜は触手を伸ばしてBMの内部へ進入しようとした。BMの障壁が頑なに阻んでいたが、傍から見る限り長くはもちそうになかった。


『ギドー、早うせい! こやつ臭いのじゃ!』


「わかっている!」


 儀堂は首元の無線機を切り替えると砲術へ繋いだ。


「目標は敵竜の頭部、照準合わせ』


『了解。噴進砲照準よし』


ッ」


 外しようがないほどの距離で鉄の火矢が放たれた。白煙の帯を引きながら真っすぐ敵の頭部へ吸い込まれていく。


 五式噴進砲弾は触発信管ではなかった。巨大魔獣を仮想敵として開発された兵器だ。その分厚い表皮を突き破り、内部に深く食い込んだところで信管を作動させる。作動後は500キロの炸薬が爆発、目標を四散させる仕組みだった。


 禍津竜に撃ち込まれた噴進砲弾は、開発者の想定通りに作動した。すなわち頭部を貫通し、奥深くまで侵入した。期待と違ったのは貫徹した長さだった。弾頭を出迎えたのは、硬い表皮ではなく極めて柔らかいゼリー状の肉塊だった。そのまま弾頭は禍津竜の柔らかい体内を不規則に跳ね回り、ようやく信管を作動させた。


 爆炎や衝撃は生じなかった。その代わり鈍い轟音とともに肉片と体液が頭部の侵入口から噴き出た。


 禍津竜は「ぎぃ」と虫の鳴くような咆哮を上げると小刻みに身体を震わせた。<宵月>の将兵たちは悍ましさを覚えながらも、少なからず胸を撫でおろした。


 よかった。ちゃんと痛がっている。


 図体に対して傷口が小さかったため、ダメージを与えたのか確信を持てなかったのだ。残念ながら、彼らの安堵は長く続かなかった。数秒後、今度は自分たちがダメージを与えられる側になった。


 禍津竜は頭部を持ち上げると、口らしきものから粘液を吐きかけてきた。距離をとっていたため大半は届かなかったが、運悪く一部が機銃座に引っかかった。金切り声の悲鳴が上がり、生臭い煙が立ち込めた。粘液は凶悪な酸性で、瞬く間に操作員ごと機銃座を溶かしていた。


「ネシス、下がれ!  噴進砲、次発装填急げ!」


 儀堂の命令と同時にネシスは<宵月>を後進させる。しかし禍津竜は触手を四方に伸ばして、BMごと<宵月>を拘束しようとした。


 大きな目玉のついた触手がBMを押さえつけた。触手は広がり、脈となってネシスのBMを包もうとしていた。まもなく<宵月>の動きが止まり、硬直して動かなくなる。


 そのとき身を裂く様な悲鳴が儀堂の脳内で木霊した。絶望に彩られた慟哭、誰ともわからない少女の声だった。


──誰だ? ネシス? いや、違う。


 硬直しかけた思考を必死につなぎとめ、理解に集中する。


 数秒にも満たない刹那だったが、<宵月>の危機は加速していた。このままでは、禍津竜に押さえつけられてしまう。


 儀堂は疑問を脇へ放り投げ、戦闘へ意識を向けた。


「ネシス!」


 殺気だった儀堂に対して、ネシスから返事代わりに苦悶まじりの呻きが吐き出された。


「おい、大丈夫か?」


 やはり先ほどの悲鳴は、ネシスだったのだろうか。あの触手のせいでおかしくなったのかもしれない。だとしたら、御調少尉に様子を確かめさせなければ。


『おのれ……』


 無線を切り替えようとした、儀堂の手が止まる。


『そういうことか……おのれ! 何もかもが忌まわしい!』


 唐突にネシスは激高すると、<宵月>が紅く光り輝いた。第一と第二砲塔の駆動音が聞こえる。砲撃を命じた覚えはなく、直感が儀堂へ危機を告げた。


 案の定、<宵月>の前後から砲声が発せられ、徹甲弾が禍津竜へ叩き込まれる。恐らくネシスが発射させたのだろう。


 今すぐこいつネシスを正気に戻さなければ。


「ネシス!!」


 儀堂は怒鳴りつけた。


『ギドー、こやつは疾く滅すぞ。止めても無駄じゃ』


 突き放すような声だった。


「止める? 莫迦を言え」


 せせら笑いで儀堂は返した。


『妾を見くびるか?』


「うん? ああそうだね。ぶち殺す? そんなことはとっくの昔に決まっている。知らなかったのか」


 絶句するネシスを、儀堂は畳みかけた。


「俺が聞きたいのは、このままやれるかだ。お前ひとりでこいつを片付けられるのなら止めない。どうだ? この先はどうする? お姫様の考えを聞かせてくれるかい?」


 数秒の沈黙だが、堪えがたい静けさが訪れる。


『……すまぬ』


 啼くような謝罪が耳当てから漏れた。


「わけは後で聞く。まずは奴からは離れろ」。


 ネシスは<宵月>のBMの領域を縮小させると、触手から強引に離脱した。禍津竜は戦闘で巻き上げられた泥の煙幕へ消えていく。


『ギドーよ』


 <宵月>は後退させながら、ネシスは言った


『あやつ、妾の同胞はらからを喰っておる』


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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