百鬼夜行(Wild Hunt) 24:終
「そうか。あるいは貴国の情報部ならと思ったが……」
口調から静かな怒りを感じ取り、ローンは困惑した。
「お役に立てず申し訳ありません」
「いいや、貴官を責めているのではないのさ」
眉間に深い溝を刻んだまま、儀堂は否定した。
いったい何を憤っているのかローンには計りかねた。少なくとも英国は開示すべき情報を許された範囲で渡していたはずだ。今さら何を疑うというのだ。
「俺たちがUボートの相手をしている間に、船団本隊が謎の怪異に襲われた。少し劇的過ぎる展開じゃないか?」
「ああ、それは──」
ようやく、わかった。この男は自分自身に怒りを抱いているのだ。
「ストラトフォードの劇作家でも思いつかないでしょう」
もしかしたら何者かが意図的に作り出したのかもしれない。Uボートの月鬼で<宵月>を拘束し、その間に輸送船団を襲う。そういう筋書きだ。
だとしたら、まんまとしてやられたことになる。
儀堂は喉頭式マイクに手を当てた。
「ネシス、この海域から一切の怪異を排除する。手始めに亡霊を海に返すぞ」
『はっ、よかろう。おぬし、さぞ香しい殺気を漂わせておるのであろうな。ここまで匂ってきそうじゃ』
「俺は嫌いなんだよ」
『ほう?』
「死者を手管に使うなど外道の所業だ」
『はは、お主の道理じゃな』
「ああ、道理だ」
舷窓から臨んだ眼下には、ぼろぼろになった怪異艦隊の姿があった。
「五式噴進砲を準備しろ」
数分後に閃光が夜空を駆け抜け、炎の矢が敵艦に突き刺さった。
命中個所は戦艦<セント・イシュトバーン>の前甲板、第二砲塔の真後ろ、艦橋の直前だ。<セント・イシュトバーン>は古い設計の船だった。直上から降り注ぐ徹甲弾に対して防御は施されていない。
五式噴進弾は柔らかい─と言っても厚さ十数センチの─水平甲板を貫いて、船体の中心で煌めきを放った。
【駆逐艦<マイソール>】
轟音と光が破裂し、一夜の全てが一瞬で片付けられた。
<マイソール>の艦橋、そこで唖然とした面持ちでマーズは眺めていた。彼の目前には壮絶な光景が広がっていた。<セント・イシュトバーン>の中央部が吹き飛び、真っ二つになったのだ。
全く非の打ちどころのない、綺麗な轟沈だった。
「艦長、あれがもしや──」
狙撃者の正体を問おうとして、マーズは止めた。彼の上官は十字と切り、静かに聖書の一節を唱え始めていた。
改めてマーズは四角い舷窓から夜空の先を見つめた。あの空のどこかから、浄化の炎が振り下ろされたのだ。
矢が放たれた瞬間、その鋭角的なシルエットがマーズの網膜に焼き付いていた。
「終末を告げる
誰かが呟いた。あるいはマーズ自身の口から発したものだったのかもしれない。
それにしても、なんとおぞましくも神々しい姿なのだろうか。あんな艦に乗っている連中など、きっと超人のような輩どもに違いない。
【魔導駆逐艦<宵月>】
「眠れ、静かに」
海原へ告げると、すぐに儀堂はネシスへ確かめる。
「ネシス、あの脈の先に元凶がいるのだろう?」
海面に先ほど見たのと同様に青白い光の脈が円状に広がっていた。脈は明滅を繰り返しながら、徐々に光を失っていく。
「さしずめ、あの脈が怪異を引き起こしていたわけか」
『しかり。言うなれば、死者の誘蛾灯よの。
要するに怪異を操って、犠牲者を食い物にしているらしい。
「やはり腐れ外道だな。あの光が消えてしまったが、お前辿れるか?」
『造作もない』
「なら、やってくれ。化け物だか何だか知らんが、確実に息の根を止める」
『よかろう。そうこなくてはな!』
<宵月>は北東へ向けて針路をとった。その先にはアドリア海の入り口があるはずだ。増速しながら、<宵月>はイタリア半島の踵へ向かっていく。
「どこかわかりそうか」
『そう急くな。おぬし、自分が言ったことを忘れたのかや? この海は広い。そうであろう』
はやる気持ちを儀堂は恥じた。
「……そうだな。すまない」
『わかればよいのじゃ』
「ああ、お前が確実と思うやり方で炙り出せ。潜っても構わない。好きにやってくれ」
『よかろう!』
窓から溢れた暁光が艦橋内をを眩く照らし始めていた。思わず儀堂は目を細めた。
長い夜が明けようとした。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。
よろしくお願いいたします。
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