まだら色の夜明け(Mottled dawn) 1

【キューバ グアンタナモ近郊】

 1946年2月16日 深夜


 ガトゥン湖で<宵月>が死闘を繰り広げていた時、キューバのあちこちで地獄が出来上がりつつあった。



 合衆国軍がハバナの状況を見過ごしていたわけではなかった。


 グアンタナモが魔獣の襲撃を受ける数時間前に、陸軍の機械化歩兵大隊が出撃していた。真夜中の出撃は、彼らにとっては本意ではなかった。視界が制限され、味方との連携が取りにくい、そのうえゲリラにとって奇襲の機会が多いことも確かだった。


 しかし、それらのリスクを差し引いたうえでも彼らは出撃した。


 第一に、ハバナに配置していた駐留部隊から大統領府の惨事が伝えられていた。信じられないことに、首都ハバナの大統領府が完全に奇襲され、共産ゲリラの侵入を受けていた。それも一個中隊規模の攻撃を受け、ハバナ駐留の合衆国軍だけでは対処不可能な規模まで拡大している。


 第二に、脅威の認識に対して齟齬が生じていた。合衆国軍に共産ゲリラに対するイメージは、半年前から更新されていなかった。ゲリラとの戦闘の大半は、バティスタ率いるキューバ政府軍によって展開されていた。もし合衆国軍が一度でも戦火を交えて居れば、ゲリラの装備が一新されていることに気づいたはずだった。


 合衆国軍は共産ゲリラが捨て身の大規模攻勢を仕掛けてきたと判断し、徹底的な鎮圧を決定した。その時点での判断としては誤りではなかった。


 あまりにも短時間に状況が急変しすぎたのだった。


 鎮圧部隊がグアンタナモを出て、ハバナの道程の半分まで来たところだった。遠くから爆発音が木霊し、基地のほうがオレンジ色に輝くのが見えた。


 大隊長は直ちに無線で連絡を取った。わかったことは、グアンタナモで急速に地獄が出来上がりつつあることだった。


 やがて無線に基地司令が出たところで途絶した。


 大隊長が短く罵り声をあげた。


 せめて、どうすべきか指示を仰ぎたかったが、何度呼びかけても無線は通じることはなかった。司令部に異変が生じたのか、それとも混戦しているだけなのかわからない。ただ、このまま突っ立っているわけにはいかなかった。


 このままハバナへ向かうか、それともグアンタナモの救援に向かうか。


 大隊長の決断は早かった。


 彼は部隊を二つに分けると、片方をハバナへ、もう片方をグアンタナモへ差し向けた。


 方針が決まり、各部隊が動き出したときだった。


 暗闇からマズルフラッシュが焚かれ、火の玉が突っ込んできた。直後、数台の車両が吹き飛ばされる。合衆国軍の機械化歩兵大隊は、グアンタナモとは異なる地獄に迷い込んでいた。


 状況を俯瞰すると、起きたことはとてもシンプルだ。合衆国軍は伸びきった隊列の前後が奇襲され、混乱を起こしたのだ。



 投入した戦力はごく小規模だった。ざっと二個小隊ほどだが、目標達成のためには、それで十分だった。


連中ヤンキーと違い、ぜいたくな戦い方はできんからな」


 宵闇の中で、男はせせら笑った。眼前では銃声が木霊し、曳光弾が飛び交っている。合衆国軍の将兵がそこかしこに撃ちまくっているのだ。それらはあらぬ方向へ放たれていた。彼らの敵は夜陰に紛れ、その姿を捕捉することはできない。


 ささやかな地獄を、男が茂みにまぎれて見守っていると、部下が背後から話しかけてきた。その瞬間に合衆国軍の車両が、また一台爆発した。燃料タンクに部下の誰かがバズーカを放ったらしい。数名の兵士が火だるまになって、駆けずり回るのが見えた。


 赤々とした凄惨な炎が上がり、男の顔スカーフェイスを浮き上がらせた。頬に特徴的な裂傷の跡が走っている。


「スコルツェニー大佐、別動隊から報告が来ました。作戦は成功です」


良いねグート


 オットー・スコルツェニーSS大佐は満足そうにうなずいた。


「シューゲルは良い仕事をしているようだ」


 別動隊を指揮している部下のことだった。先日、まだ若いSS将校だが頭は切れる。先日Uボートで来たばかりにも関わらず、キューバの状況を十全に把握し、グアンタナモを効率よく混乱に陥れていた。


 傍受した合衆国軍の無線からも、その戦果の規模がうかがい知れる。複数の燃料タンクが吹き飛ばされ、しばらく行動不能だろう。


「できれば私が指揮を執りたかった」


 部下が苦笑した。


「残念ながら大佐は、広く顔を知られていますので」


 実質的な指名手配が、スコルツェニーにはかかっていた。英国の情報部MI6や合衆国の戦略情報局OSSが、彼の行方を追っている。連合国の反応爆弾を強奪をした犯人だと、ようやく気が付いたらしい。おかげで、彼だけが<グラーフ・ツェッペリン>ではなく、Uボートでキューバに潜入する羽目になった。


「さて、そろそろ引き上げよう。ハバナの同胞が我々を待っている」


 スコルツェニーは戦場音楽を背にした。鼻歌交じりに、手で指揮を執りながら。


◇========◇

次回6月28日(月)に投稿予定

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現できるように応援のほどお願いいたします。


詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。


ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座

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