夜を駆ける戦い(The longest night) 18

 電探室のPPIスコープにいくつもの光点が浮かんでいた。それらはカリブ海方面からガトゥン湖へ飛来しつつある。


 指揮官が不在とはいえ、<宵月>は臨戦態勢であり、戦意は失われていなかった。兵士たちは、それぞれの持ち場で為すべきことを淡々と行っている。ある意味、儀堂の成果の一つだった。日ごろから彼らの指揮官は、自分がいなくなっても戦えるように躾を行っていた。それが何よりも生存性を高めるからだ。


 敢闘精神に不足はなかったが、残念ながら残弾が追いついていなかった。


 長時間にわたる戦闘で、<宵月>の弾薬庫は空になりつつあった。特に致命的だったのは、主力となる二連装砲塔の十センチ砲弾だった。徹甲や榴弾、四式対空弾も底をつきかけていた。ネシスの助けがあったとしても、先は見えている。


 興津の脳裏に撤退の文字が浮かび上がりつつあったが、果たして間に合うかどうか怪しいところだった。だいたい、どこへ撤退するというのだ。靖国ぐらいしか、行先が思いつかない。


 やがて敵集団の影が見えはじめた。魔獣にしては、やけに整った体形だと興津は思った。同時に違和感も覚えた。


 俺はどっちを向いている。


 ワイバーンどもはコロン方面から来ているはずだ。


 俺が見ているのは、パナマの方だ。


 ならば、あれは……。


 レシプロ機特有の爆音が耳朶を叩くや、あっという間に<宵月>の直上を赤い丸を纏った機体がフライパスしていった。



 暁を全身に受けながら、緑色の機体がガトゥン湖上空へ飛来した。日本海軍の主力艦上戦闘機<烈風>、十二機の分隊だ。


 そのうちに一機が、<宵月>の周波帯にチャンネルを合わせてきた。宙に浮く<宵月>の真上をパスした後で、大きく左旋回を描きながら、機体を斜めに傾ける。


「こちら<大隅>制空隊の戸張だ。<宵月>、聞こえるか。お前んとこの艦長出してくれ」


 プロトコルを全く顧みない、まるで煙草屋に話しかけるかのような態度だった。端的に言って、戸張は不貞腐れていた。せっかくひと暴れ出来ると思いきや、朝を迎えれば大勢は決しつつあるではないか。


 呼びかけてしばらくした後で、戸張はもっと不機嫌になった。


「あの野郎、寝てんじゃねえよ」


 興津とかいう副長が言うには、儀堂の奴はぶっ倒れて意識不明らしい。


 糞ったれが、後の祭りじゃねえか。


 いっそ引き返そうかと思い始めたとき、興津が救援を求めてきた。それは戸張にとっては、とても心が踊り、ときめく内容だった。


 興津から必要な情報を受け取ると、麾下の全機に対して無線を開いた。


「おい、お前ら、祭りはまだ終わってねえらしい。これからワイバーンの御一行様をおもてなしするぞ」


 スロットル全開にして十二機の<烈風>が一斉にコロン方面へ向けて、突き進んでいった。高度一千メートルから、一気に三千へ上げる。さらに戸張は編隊の間隔を広げ、全周囲を警戒させた。


 <宵月>から誘導を受けているとはいえ、最終的に頼りになるのは自分の目だった。電探の波だけで機体の操縦は出来ないのだ。


 時間にして数分で、戸張の視界に黒い不定形の塊が見えた。十時方向で高度はやや下側、一千かそこいらだろう。


 ワイバーンの群れだが、妙に忙しない飛び方をしている。よく目を凝らせば、一匹を他のワイバーンたちが追いかけまわしていた。追いかけられている一匹の色はシロだ。


「あの野郎っ、こんなところにいやがったか!」


 戸張は激高すると、ただちに群れに向かって吶喊することにした。


「全機、吶喊。うちの莫迦竜を助けてやれ。シロの奴、帰ったら拳骨だ」


 発動機を全開にして、<烈風>十二機がワイバーンの群れへ突っ込んでいった。


 シロを追うワイバーンは火球を全力で浴びせかけていたため、斜め上から急接近する<烈風>の編隊に気づくのが遅れた。


 彼らが誉エンジンのうなり声に気が付いたときには、すでに二十粍機銃の射程に入っていた。一機当たり二門、合計二十四門の火戦が宙を裂き、五匹の翼や胴体を貫いた。


 奇怪な悲鳴が明け方の空に響き渡り、どす黒い血しぶきを上げながら肉塊が四方へ落下していく。残ったワイバーンはうろたえ、群れの速度が落とされた。そのうちの一匹が<烈風>の後を追おうとして、今度は灼熱の炎に包まれた。


 急旋回したシロが放った火炎放射だった。ワイバーンの火球に比べて、大威力で効果範囲も広かった。ワイバーンの火球が機銃程度だとしたら、シロの火炎放射は戦車砲だろう。


 反撃に転じたシロは火炎を吐き出した後で、牙をむいて群れの中に突っ込んだ。


「あの莫迦、俺らが何のために突っ込んだのかわかっていやがらねえ」


 天蓋キャノピー越しに振り向きながら、戸張は舌打ちをした。シロを逃がすために突っ込んだのだが、当のシロはこれ幸いとばかりに反撃に移ってしまった。


「まあ、でもわからんでもないがな」


 俺だって、追われるよりも追うほうが好みだ。追われるのは女相手だけでいい。そんな目に会ったのは一度もないが。


「おい。滝崎。すまないが、うちの竜を連れ戻してくる。その間、他のワイバーンどもの相手をしてやってくれ」


『了解。次から首に鈴つけておいたほうがいいですよ』


「ああ、全くだ。いっそ。縄でもくくりつけるか」


 戸張は先任小隊長の滝崎に部隊の指揮を任せると、単機でシロが巻き込まれている群れへ再突入していった。



◇========◇

次回6月21日(月)に投稿予定

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弐進座

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