復活祭(Easter) 14

【第八艦隊 空母<大鳳>】

 1945年12月22日 朝


 小鳥遊が空母<大鳳>より発した無電は南太平洋から硫黄島、小笠原の中継基地を経由して、霞が関の海軍省へ届けられた。



 明治以降の日本にとり、通信網の整備は是が非でも叶えなる必要があった。


 刀が銃にとって代わられたように、飛脚から電信へ移行していった。


 理由は明快だった。


 極東の島国は四方を列強の脅威にさらされていたからだ。浦賀に黒船が現れてから、軍備を整えるようでは間に合わない。江戸幕府が身をもって証明していた。同じ轍を踏むわけにはいかなかった。


 世界規模で耳を澄まし、急変があれば地球の裏側からでも内地へ報じる。さもなければ、次は東京湾に侵入されるかもしれない。


 産学官民あらゆる層が電信分野に参入していったが、ことさら軍の熱量は激しいものだった。特に海軍は並みならぬ力をいれることになった。もちろん陸軍が無関心だったわけではない。相対的に海軍の需要が高まっただけだ。


 新設されたばかりの海軍は、黒船ショックのトラウマを抱えた世代によって構成されていた。彼らにとって排除すべき脅威は広大な海の先から訪れるものだった。


 遠からず発生するであろう有事のために、彼らは備える必要があった。戦時において、いちいちケーブルを海にひくことはできない。必然的に無線技術へ関心が深まった。


 1900年、日本海軍において無線通信技術が芽吹いた。海軍は国産の無線機の開発を開始し、初の無線通信は横須賀と津田沼の間で行われた。当時の通信距離は54kmだった。


 それから5年後、海軍が整備した無線網の最初の戦果を挙げることになった。日露戦争である。


 1905年5月27日、仮装巡洋艦<信濃丸>がバルチック艦隊を発見、「敵艦隊ラシキ煤煙ヲ見ユ」と打電した。五島列島西方40海里から、戦艦<厳島>を経由、鎮海湾にいる連合艦隊旗艦<三笠>へもたらされる。


 続く日本海戦において、連合艦隊はウラジオストクへの入港を阻止し、バルチック艦隊に対して戦術的、戦略的な勝利を収めた。


 栄光の歴史は江田島のみならず、学童の間でも知れわたっている。同時に肝心な要素が見落とされがちでもあった。すなわち、バルチック艦隊が対馬へ到達する以前、もっと言うならば東シナ海へ出現する前から日本側はその行動を把握していた。


 当時、日英同盟が機能しており、英国から逐一無線を通じて情報を得ていたのである。この事実は否が応でも、日本海軍に世界規模の通信網の有用性を認識させることになった。


 日露戦争終結から十三年後、第一次大戦が終結し、日本は新たな局面へ突入した。


 戦勝国として、日本はドイツ領だった膠州湾租借地とマーシャル、マリアナなどの南洋諸島を手に入れた。海外領土の拡大は同時に列強他国との接触面が増えたことを意味している。


 具体的には合衆国領フィリピンと香港を租借する英国、そして豪州の一部と化したパプアニューギニアだった。ほかにも仏領インドシナや蘭領インドシナとも近くなった。


 当時、満州において拡大路線をひた走る日本を列強諸国は警戒し、それらは不信感となって緊張状態を生んだ。必然的に日本領との接続部分の軍備は増強されていく。


 日本とて座視するわけにはいかなかった。日英同盟が解消されたことで、国際レベルでの情報交換が希薄になっていた。彼らは南洋諸島の防備を強化し、同時に無線通信網の整備に乗り出した。島嶼間に中継基地を設けた。


 何らかの計画があったわけではないが、結果的に無線通信の導入から半世紀もたたずして、東京から満州、南太平洋まで広がる独自の通信網が形成された。


 1945年に入り、さらに拡大し、地中海から北米西部まで達した。特に南方資源地帯と呼ばれる東南アジアには予備中継所の建設も進められた。熱心というよりは、ある種の強迫観念に突き動かされたものだった。


 彼らの敵は列強ではなくBMへ移行していた。人間の軍隊と異なり、BMに接続水域や国境線の概念は通じない。ある日、ふいに現れ、無数の魔獣を産み落としていく存在だった。


 予期できぬ惨禍が現れた時、速やかに戦力を投入しなければならない。そのための見張り台無線中継所が多いに越したことはなかった。

 


 海軍省が暗号を解読し、小鳥遊の要請を理解したのは現地時間の22日の昼頃だった。法務少佐はオアフで発見された甲標的の乗員について尋ねてきていた。より詳細な身元、そして書類上に記載された彼らの処遇について知りたがっていた。


 海軍省からの返答はしばらく時間がかかりそうだった。そのような兵士は存在しなかったからだ。ハワイ演習に実弾を搭載した潜航艇が出撃した事実はないのだから。


 22日の深夜、海軍省から小鳥遊宛に返事が送られた。時差の関係で22日の昼頃、<大鳳>の通信室で受け取ることになった。


 小鳥遊は解読された電文を受け取った。彼はわざわざ通信室に呼び出されていた。


『貴官ノ求ムル記録ハ見当タラズ』


 怒りとも困惑ともつかない感情が芽生えたが、続く電文によって打ち消された。


 復活祭作戦の補充要員に関するものだった。


 まったく奇異なことに、小鳥遊が照会したものと同姓同名の兵士たちだった。


◇========◇

次回8月2日(日)に投稿予定

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弐進座

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