復活祭(Easter) 7


「火炎放射!」


 小隊長は後方へ向って叫んだ。的確な判断だった。至近を制圧するのに最も有効な手段だったが、残念ながら数秒遅かった。M2火炎放射器を背負った兵士は、頸椎を捕食樹の蔦でねじ切られていた。すぐそばに居た兵士が火炎放射器を引き剥がそうとしたが、不運なことに流れ弾が身体を貫き、燃料タンクに到達した。


 オレンジ色の火炎が舞い上がり、引火したゲル状の燃料がまき散らされる。それらは海兵隊員と捕食樹両方へ分け隔て無く降り注いだ。化学物質がライフルジャケットを溶解させ、絶叫とともに火炎にまみれた兵士達がのたうち回った。捕食樹は未知の攻撃に過剰反応し、長い蔦が鞭のように周辺を打ち払い、さらに周辺の兵士を昏倒させた。


後退プルバック!」


 古参の伍長が命令を下す。彼の上官は、火炎放射と叫んだ直後に捕食された。


 ほぼ、反射的にジョセフは命令に従った。心の何処かで、待ち望んでいたのかも知れない。確かに彼は望んで地獄に赴いたが、それはあくまでも双方的な関係を想定したものだった。こんな一方的で理不尽な地獄は了承していない。


「クソったれが……」


 倒れた戦友の肩を持ち上げ、悪態をつく。あり得ない方向に肩の関節が曲がったからだ。ジョセフは戦友だったものを打ち捨てて、駆けだした。幸か不幸か、彼の進路はクリアになっていた。先刻、爆発した火炎放射器によって、敵味方もろとも炎によって打ち払われていた。


 他の海兵隊員も同様の行動をとった。もはや戦線と呼べるものは存在しなかった。ここに至り、彼等の誰もが気がついていた。彼等は魔獣の巣へ迷い込んだのだ。


 怒号とも悲鳴とも判別つかない声が各所から響き渡った。ジョセフはマチェットを振り回しながら、がむしゃらに駆けた。とにかく、こんなところから一刻も早く離れなければならない。


 出撃前、テントで受けたブリーフィングが思い返された。あのとき隊長は魔獣を指して、「ただのねずみ狩りだ」と言った。


 なるほど、確かにその通りだ。


「畜生、畜生、畜生め!!」


 ねずみ捕りにかかったはオレ達じゃないか。


 


【ワイナイエ南部】

 1945年12月21日 昼


 午前中、雲に穴を空けたように降り出した豪雨は昼頃になってようやく収まった。


 黒木軍曹が隷下の小隊を率いてワイナイエの合衆国軍キャンプへ着いたのは、ちょうど雨があがりはじめたころだった。小隊指揮官の町田中尉の復帰が難しかったため、黒木が代わって指揮を執り続けることになった。いずれ士官が派遣されてくるはずだが、統率に問題は無かった。黒木は四年にわたり、戦場を生き抜いてきた猛者であり、その事実だけで信用に足る人物だった。それに彼に救われた兵士は少なくはない。野戦病院で治療をうけている町田中尉とて例外ではなかった。


 ジープ数台で乗り付けた彼は、すぐに先行していた今井たちと合流した。


 今井は合衆国軍との会合を終えたばかりだった。白人達の間を縫って、小柄な集団が駆けてくるや、機械仕掛けのように整列した。


「海兵隊からの要請だ」


 今井は防水ポンチョを身につけたまま言った。先頭にいる黒木がうなずいた。


「山岳部に入ったいくつかの部隊と連絡が取れなくなっている。帰還した兵士の話だと、植物型の魔獣に襲われたそうだ」


「なるほど、それでですか」


 黒木は合点がいった。彼は以前所属していた部隊で、似たような経験をしたことがある。レイテの山中を警戒しているとき、魔獣が植物に擬態して襲ってきたのだ。


 納得したとのと同時に、厄介な気持ちにもなった。レイテで植物に擬態した魔獣に遭遇したとき、彼が所属した部隊は壊滅しかけたのだ。恐らく同様の事態に海兵隊も陥ったのだろう。


 今井は黒木の気分を察したのか、同情的な視線を向けてきた。


「合衆国軍のなかにも経験者はいたはずだが、日本ほど知れ渡っていなかったようだ。無理もないだろう。その手の魔獣が出てくる南方資源地帯は我が軍の主戦場だったからな。黒木軍曹、すまんが海兵隊の捜索任務にあたってくれ。それと──」


 軽く手招きをされ、黒木は今井の近くに寄った。


「あの葉巻・・の持ち主について、上から足取りを掴むように言われている」


 黒木はやや目を見はると、すぐに表情を戻した。


「持ち主の居所がわかったのですか。何か証拠が?」


「わからん。だが、ここら辺に潜伏している可能性が高い」


 オアフBMは出現後、オアフ島東部の山岳地帯と東部海岸クアロアランチの中間部分に浮遊していた。BMから出現した魔獣の生息域と活動範囲から、おそらく西部の山岳地帯に身を隠しているのではないかと今井は判断していた。


「もちろん生きていた場合の話だが」


「ええ。可能性は低いですが、否定はできません」


「ああ、そういうことだ。どちらにしろ、我々が先に発見するにこしたことはない。師団司令部は何も言ってこないが、できることはやっておくべきだろう」


「その点については、全く同意であります」


 4年前まで、日米は敵同士だった。しかし、今では真逆の関係性となっている。


 仮に、あの特殊潜航艇の乗員が生きていたとして、米国人へ対する認識が黒木達と同様とは限らない。


◇========◇

次回6月14日(日)投稿予定

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弐進座

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