月獣(Moon Beast) 4
このとき、B-29"トール2"の機長の目には
トール2は自力で帰還不可能な状態だった。右主翼にある二発の
機長は自由が効かなくなりつつある操縦桿を操りながら、機体がロールしないように平衡を保ちつつ、グラウンドへ向けて着陸態勢をとった。高度三千メートルを切ったところで、ようやく彼は慌ただしく駆け回る存在に気がついた。
見慣れぬ戦車の群れと
「アーメン」
機上と眼下の者に対して、祈りを捧げると、トール2の機長は速度を緩めていった。
高度千メートルをきったところで、一際巨大な
「何を考えている。死にたいのか!?」
トール2の機長は呻くように言った。しかし、彼に結論をだす余裕はなかった。地上は直ぐそこまで迫っている。
高度計が五百を指したところで、車両に刻印された
数秒後、トール2の機体は地表へ
◇
刹那の瞬間に向けて、本郷はマウスを走らせた。百八十トンを越える車体が滑るような動きで
事実、このとき鋼鉄のモノリスは重力の軛から解き放たれていた。マウスの車体を取り囲むように、うっすらと緑の方陣が展開され、車体重量を軽減していた。
『ホンゴー、あれを助ければ良いの?』
車体前部の操縦席からユナモが尋ねてくる。
「ああ、あの銀色の飛行機を無事に降りれるようにしてほしいんだ」
見えない操縦手に向って、本郷は肯いた。内心では拭いきれない申し訳なさと焦りがあったが、おくびにも出さない。
―シカゴ上空を飛び交うB-29など、ひとつしか考えられない。反応爆弾を搭載した……。
確信はなかった。本郷が合衆国軍が派遣したB-29の機数を把握していたわけではない。しかし、十分に予測できる事態だった。合衆国軍がシカゴBM相手に一発の反応爆弾で済ませるとは思えなかった。確実に消滅させるためなら、複数機をもってあたるだろう。
ひょっとしたら、一発目の反応爆弾を投下した機体かもしれないが、そのような保証はどこにもなかった。本郷は悲観論者ではなかったが、
―万が一、墜落によって信管が誤作動したら、ここは地獄になる。
シカゴを一瞬にして灰燼に帰すような威力なのだ。起爆した場合、彼の中隊は壊滅を免れないだろう。
額に汗を浮かべながら、本郷は
もはや双眼鏡を使わずに目視できるほど、B-29は高度を下げている。マウスは黒煙に包まれた機体の横腹へ向けて、突っ込むような針路をとっていた。目測で相対距離は二百メートルほどだった。発動機の音と黒煙の臭いが感覚器を刺激する。
「ユナモ、B-29と並走させてくれ」
マウスの右履帯のギアが回転速度をあげる。右方向への加速度がかかり、本郷は天蓋の縁に掴まって耐えた。
マウスが旋回を終え、本郷の望み通りB-29と並走するようになったとき、巨人機は地面へ胴体からなだれ込んだ。
すぐに右主翼がもぎ取れたのがわかった。着地の瞬間、わずかに平衡が崩れ、右主翼へ負荷が掛かったのだ。右
「
『
マウスから方陣が放たれ、土と黒煙にまみれた機体を包み込んだ。四十トンを越える質量が重力から解放され、機体の回転に徐々に制動がかかる。
B-29は機首がやや右向きになりながら、危なげなく地表を滑走し、ついには完全に停止した。
本郷はマウスを機首へ寄せると、放心している合衆国の二人の操縦士へ向けて怒鳴った。
「
◇
B-29の機長は夢を見ているような心境だった。右主翼がとれたとき、彼の脳裏に妻の面影がよぎり、最期を覚悟したが、杞憂に終わった。トール2はまるで魔法にかけられた(実際にその通りだった)かのように、
副操縦士が何事かを告げてきた。彼は機外を指さした。
東洋人と思しき兵士が険しい顔で呼びかけてきているが、内容はわからなかったが、
「総員退去!」
機内無線に命じる。幸い、搭乗員は全て無事だった。手近な脱出口から次々と出て行く姿を確認し、最後に機長は副操縦士と去ることにした。
「すまない、ウェンディ」
操縦席を振り返り、長らく連れ添った機体に別れを告げる。
トール2とは別に、彼が付けていた機体名だった。
由来は伴侶のファーストネームだ。
五年前、シカゴBM出現時に神の御許へ旅立っている。
◇========◇
次回投稿7月21日(日)予定
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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今後も宜しくお願い致します。
弐進座
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