湖上の月(Moon over the lake) 2

【デンバー】

 1945年5月27日


 いくつかの煩雑な手続きを得て、合衆国は反応爆弾の投入を決定した。


 1945年、合衆国は8発の反応爆弾を保有していた。その内、エクリプス作戦で投入予定だったのは2発だった。しかし、本来使用される「リトルボーイ」と「ファットマン」と名付けられた弾頭は、何者かナチスドイツによって奪われていた。


 大幅な計画修正を迫られた作戦本部のマッカーサーは、遣米軍を五大湖戦区へ投入することで埋め合わそうとしたが、結果的に適わなかった。


 遣米軍はロックフォード付近に到達した段階で攻勢限界を迎えた。敵の抵抗はまばらだったが、兵站の維持が困難になりつつあった。戦闘車両の稼働率は4割を切りつつあり、機動力を維持するのが困難だった。これ以上の進出は遣米軍の崩壊を招く恐れがあった。


 マッカーサーはエクリプス総司令官として、遣米軍が必要十分な献身を果たしたと判断した。彼個人の見解では大いに不満があったが、同盟国軍を壊滅に追いやった記録を後世に残すわけにはいかなかった。それに実際のところ、遣米軍の攻勢により合衆国第6軍へかかった圧力は軽減されていた。シカゴ南部で目撃されていた魔獣の群体セルが、西部へ誘引されていたのだ。第6軍司令官のパットンは攻勢の再開をデンバーへ要請した。内容は例によってほぼ罵倒に近かったが、マッカーサーは承認した。理に適ってはいたからだった。


 シカゴ包囲へ向けて、第6軍はついに前進を開始した。シカゴ包囲の完成と共に、反応爆弾が投下される手はずだった。


 しかし、現実はマッカーサーの予想を裏切った。


 ミシガン湖上に新たに四つのBMが出現したと報告がもたらされたのは、彼が第6軍に進撃の再開を命じてから半日ほどたった頃だ。

 彼はその報告をデンバーにある司令室で受け取った。


「見間違えではないのかね?」


 端から見てもマッカーサーが怒りと困惑に満ちているのは明らかだった。他の将校が発言を控える中で、情報参謀のウィロビー少将は身じろぎもせずに首肯した。開戦当初から参謀として使えていたウィロビーは、マッカーサーの心理を心得ていた。


 この将軍ジェネラルは、参謀ではなく、参謀がもたらした情報を不愉快に思っているのだ。


「確かです。航空偵察を行った複数機から同様のリポートがなされています」


 独逸系アメリカ人のウィロビーは、中世の騎士を思わせる相貌だった。彫りの深い目縁の奥に、確固たる知性を備えた瞳があった。


「マック、遺憾ながら間違いありません。新たなBMがミシガンに現われたのです」


 マッカーサーはますます不愉快になった。ウィロビーの情報が事実であると、確信してしまったからだ。


「わかった」


 大きく肩で息をすると、マッカーサーは窓へ歩み寄った。右手でコーンパイプを弄っている。窓の先にある夜空で星々の煌めいていた。それらが遙か遠くに感じられる。


 夜も更けているが、恐らく第6軍は今も進軍を続けているだろう。あの南部ディキシーに由来をもつ、無駄に開拓精神旺盛のパットンが夜間行進を避けるとは考えられなかった。ならば、猶予はない。明日には、第6軍はシカゴを視界に捉えるところまで到達する。


――独立革命レボリューション南北戦争シビルウォー……。


 神々が与えられた試練。


 暴虐な君主も、残酷極まる差別主義者も、星条旗が掲げる理想の下に討ち滅ぼしてきた。自由と正義の地に、常に勝利はもたらされてきた。たとえ魔獣どもに蹂躙された今となっても、運命は変わらない。


 魔獣やBMに思想はない。奴らはただ存在し、この地に破壊をもたらすだけだった。ここで完全に殲滅しなければ、人類の未来アメリカンウェイが途絶えてしまう。それだけは許されない。


 合衆国に勝利は約束されているはずだった。それが自分の手で破られるなどあってはならないことだった。


「ウィル、アルカトラズに繋いでくれ。すぐにトルーマン大統領へ私は要請しなければならない」


 アルカトラズには、臨時大統領府が置かれていた。


 マッカーサーは4BMの出現と共に戦況が深刻さを端的に伝えた。彼は続けて、合衆国が保有する全ての反応爆弾の使用許可を求めた。


 12時間後、彼の申請は認められた。


◇========◇

次回5/19(日)投稿予定

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