原石(Rauer Stein):5

【ベルリン】

 1945年5月21日 午前11時

  

 ウィチタより発信された電文が、南米の中継局を介して、ベルリンに届けられたのは約7時間後のことだった。


 国家保安本部RSHAの一室で、ヴァルター・シュレンベルク大佐は作戦成功の報せを受け取った。歓喜よりも安堵の感情が勝った。彼は、この原石Rauer Stein作戦の指揮を委されていた。

 電文を受け取ったシュレンベルクはすぐに執務室を出ると、屋外に待機させたベンツに乗り込み、あるじの元へ向った。十分後、ヴィルヘルム街77番地の総統官邸にベンツは着いた。


 濃い灰色のジャケットに身を固めた兵士達が取り囲んでいた。武装親衛隊特有の威圧的な、それでいて洗練されたデザインの制服ユニフォームだった。彼等は第1SS装甲師団ライプシュタンダーテに所属していた。


 ひと月ほど前、独逸本国で起きた同時多発テロをきっかけに配備された部隊だった。4月10日、第二代総統デーニッツが反ナチスのレジスタンスに狙撃され、次々と要人が暗殺された。その中にはヴィルヘルム・カナリス提督に、アルベルト・シュペーア建築総監、マルティン・ボルマン副首相などが含まれる。その他、国民に絶大な人気を誇ったエルヴィン・ロンメル陸軍元帥も重傷を負い、独逸全土に衝撃を与えることとなった。


 国家保安本部はただちに事態の鎮圧に乗り出し、やがて複数名のロシア人活動家とフランス人レジスタンスの首謀者を摘発した。彼等は罪を告白し、事件は収束した。


 幸い、デーニッツ総統は一命を取り留めたが政務は困難となった。テロの収束から数日後、デーニッツより総統代行の指名が発表された。記者会見は、国家保安本部で行われた。なおデーニッツ本人は療養中につき、表に姿を現わすことはなかった。


 シュレンベルクは検問所の兵士に、軽く挨拶をすると身体検査を受けることなく、官邸内へ入った。


「ジークハイル」


 右手を斜め上方へ掲げ、シュレンベルクは官邸の主に入室を知らせると、続いて作戦の成功を告げた。


「総統代行、原石を入手しました」

「君は古風だな」


 ラインハルト・ハイドリヒ総統代行は特段驚くこともなく、感想を述べた。知っていたかのようだった。


それくらい・・・・・電話を使いたまえ。私はあの老いぼれヒトラーとも丸耳デーニッツとも違うのだぞ」

「申しわけありません。万が一・・・を想定し、直接伺いました」


 ハイドリヒは口角を上げた。笑ったようだ。


「安心したまえ。ここの部屋は既に洗っている。仕掛けておいた盗聴器は全て外した。もちろん電話回線も掌握済みだ。楽にしろよ」

「ええ……」


 シュレンベルクは控えめに肯いた。


「スコルツェニーが合衆国の反応爆弾を入手しました。手はず通り、ペルー経由でキールへ運び込みます」

「もちろん君のことだから、ハイゼンベルクに連絡はしているだろうね」

「はい。既にパナマを発っています。ニュルンベルクの研究所にも資材を集積中です」

「よろしい。ようやく独逸国内の掃除が完了したところだ。次は欧州の掃除に取りかかるとしよう」


 ハイドリヒは執務机の地球儀に手を添えた。かつて、千年帝国を夢見た男が使っていたものだ。


「手始めは、ここだな」


 指先は東方生存圏と呼ばれる地域をさしていた。一般的に、そこはバルカン半島と呼ばれている。

 5年前、人類がBMによって奪われた土地だった。


「5発だったか?」

「はい、東欧のBMを全て消失させるためには、最低でもそれだけ必要と試算されています」

「その通りだ。だがヴァルター、我々の敵はBMだけではない」

「ええ……」


 シュレンベルクは息を呑んだ。かつての上官、今や第三帝国の最高権力者の視線が、大西洋の先、植民地人の国家に向けられることに気づいたからだった。


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次回4月6日(土)投稿予定

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