発動(zero hour):3

【ミネソタ州 スペリオール湖畔 ダルース】

 1945年5月16日 昼


 事前にいくつかの修正が加えれたものの、エクリプス作戦は概ね順調に進捗していた。作戦開始から1週間経過していたが、攻勢は尚も続けられている。


 五大湖戦区では合衆国第6軍がネブラスカ州を東進し、アイオワ州のデモインへ到達しつつあった。そして南部戦区において、先行した第7軍がカンザス州からミズーリ州まで突破に成功し、そのまま南へ旋回してナッシュビルとメンフィス間で強固な防衛線の構築を開始する手はずが整いつつあった。両軍とも進撃途上の魔獣は例外なく排除しているため、進撃速度は鈍りつつあるが、想定の範囲内だった。


 オンタリオ戦区でも状況は似たようなものだった。唯一例外があったとすれば遣米軍の一部が予定よりも突出していたことだった。


 オンタリオ戦区、スペリオール湖畔に到達した最初の集団は、旭日ライジングサンのエンブレムが入った戦車中隊だった。


 その中隊の指揮官は他の戦車よりも二回りほど大きい、化け物じみた寸法の戦車に乗り込んでいた。合衆国のM4シャーマンやM26パーシング、旧ソ連のT34など丸みを帯びた車両とは対称的に、全く妥協を許さない直方体で構成された187トンの鉄塊だった。


 中隊指揮官は湖畔に到達すると随伴させていた機動歩兵を散開させ、念入りに周囲の捜索に当たらせた。


 五大湖周辺は要警戒区域だった。事前の航空偵察だけでは、十分に敵情を把握できなかったためだ。特にスペリオール湖は淡水湖の中でも世界最大の面積(82,200平方㎞)を誇っている。また湖畔周辺の大半は山林部によって占められていた。いかに合衆国の航空偵察員が優秀であっても、彼等はエスパーではない。水面下や森に潜んだ魔獣まで見通すことは不可能だった。


 さっそく指揮車両へ敵獣発見の報が入る。大型の魔獣でタイプは多頭型蛇竜、つまりヒュドラだった。中隊指揮官は無線機のマイクを手に取った。


「アズマよりカミノへ支援要請。目標は標定座標――」

『こちらカミノ、視認・・している。目標はオロチで相違ないか』

「――相違なし。頼む」


 間もなくして、連続的な砲声が上空・・より発せられた。


 数秒後、10センチ砲弾がスペリオル湖畔へ降り注いだ。砲弾は水面下に身を潜ませていたヒュドラの肉体を貫通し、毒々しい色の体液で湖を染め上げさせた。


「こちらアズマ、目標の沈黙を確認。周辺に脅威無し」

『カミノ、了解。これより合流へ向けて降下する。合流地点は想定コ73とする』

「アズマ、了解。ダルース市内に敵影は認められないが、用心してくれ。あの街の規模から考えて少なからずグールが残っている可能性がある」

『カミノよりアズマへ、長女・・より敵影は認めずとのこと。脅威の可能性は低いと判断する』

「こちらアズマ。なるほど、了解した。それでは我々もコ73へ向う」


 無線機のマイクを置くと、本郷はVIII号Panzer戦車kampfwagen マウスVIII Mausのキューポラから身を乗り出し、遙か上空へ目を向けた。雲一つ無い青空に、細長い鋭角的な艦影シルエットが見えた。


『本郷、次はどうする?』


 無線越しに、たどたどしいが以前よりも上達した日本語でユナモが聞いてきた。彼女は操縦手として車体前方に陣取っている。戦車としてあまりにも大きすぎるマウスは、操縦席との会話に無線を用いなければならなかった。


「僕らは前方の街ダルースへ入ろう。上のお姉さんが大丈夫だと言っているからね」


 本郷は後方に控えた戦車の群れへ合図を送ると、各小隊が所定の位置へ散開した。引き続き、ダルース周辺を警戒するためだった。市街地は安全でも、近郊に潜んだ魔獣の襲撃を受ける可能性は皆無では無かった。なにしろ、オンタリオ戦区では彼の中隊が最も先行している。敢えて悲観的ネガティブに言い換えた場合、それは味方からの孤立を意味していた。


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次回3月17日(日)投稿予定

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