我々は神では無く(God only knows) 2
【北太平洋 駆逐艦<宵月>】
1945年3月21日 昼
オアフBMの消滅から4日ほど経っていた。第三航空艦隊とYS87船団は死戦の名残を未だに色濃く引きずっている。この戦いで、彼等は500名近い人員を失い、数万トンの物資を海中へ投棄していた。船団は陣形の再編を迫られ、沈みかけた船舶の応急措置に追われている。各艦では負傷した乗員がうめき声を上げ、無言となった者達は密やかに水葬式で見送られていった。
この日、大本営は三航艦とオアフBMの戦いを『北太平洋海戦』と命名した。まことに日本らしく、単純明快にして飾り気のない呼称だった。もっとも当事者たちにとって、名前などどうでも良かった。いや無意識に反発心すら覚えるものすらいた。まるで自分らの戦いが過去のものにされたように感じていた。冗談では無かった。この
<宵月>の艦長とて例外ではない。儀堂は睡魔の誘惑に耐えながらも、かろうじて交代時間を迎えることが出来た。もう40時間ほど艦橋に詰めていたのだから、無理からぬことだった。興津が交代時間を知らせると、儀堂は礼を言い、艦長席から立ち上がった。よろめきそうな自分の身体を手すりで支えて、無理矢理背筋を伸ばすと艦橋を後にする。幸い、指揮官の疲労に気がついたものは皆無だった。誰もが似たような苦労に悩まされていたからだった。北太平洋は晴天の下にも関わらず、酷い
ある一室で足を止める。
衛兵を労うと、儀堂は控えめにノックをした。
「失礼」
ドアの先は簡素なものだった。パイプ式ベッドが二組あった。片方は空いていた。もう片方には一人の少女が寝かされて、傍らには
儀堂は少女の顔をのぞき見た。彼の知る鬼の子と顔つきも、特徴的な額の部位も似ている。ただ大きな違いがあった。酷く不健康な顔色で、痛々しいほどに全身を黒い大きな
御調へ向き直る。
「具合は?」
「安定しています。ネシスさんの処置のおかげです」
「血を吸わせたことかい?」
「はい、栄養剤のようなものかと」
「では、このまま安静にすれば回復すると?」
「それは――」
御調はためらいがちに続けた。
「わかりません。かつてのネシスさんのようにしばらく眠り続ける可能性が高いと判断しています。彼女らにとって、永い眠りこそが最大の回復手段ですから」
「そうか……」
うなずきつつも、少し疑問に思うことがあった。御調の口調が断定に近いものを感じていた。まるでわかりきっているようなことを話しているようだった。
「君は、ネシスたち月鬼について詳しいのだな」
「それは……そうかもしれません」
「君ら宮内省で魔導を操るものたちは、みんな君ほどの知識を身につけているのかい?」
儀堂が知る限り、御調は魔導に限らず、あらゆる分野に対して一角の知識と技術を習得していた。魔導機関の調整をこなし、あの独逸人の女史の助手として演算機の操作も難なくこなしている。この少女が<宵月>に運び込まれたときも、並の軍医と劣らぬほどの手際で救命措置を施していた。
「この子が運び込まれたとき、当惑する軍医よりも先に君は的確な措置を施しているように見えたよ」
「確かに、私は他の魔導士よりも広く長けているところがあるかもしれません」
御調はよどみなく肯定した。まるで予め答えを用意していたかのようだった。
「ただ、それは私が才気に溢れているからではないのです。私は、ただ人よりも少しだけ多くの時間を研鑽に費やしただけなのです」
御調は柔らかな表情で答えた。しかし、そこにはどこか追求を許さぬものを含んでいた。儀堂は素直に彼女のメッセージに従うことにした。むやみやたらと、土足で人の過去に踏み込む状況ではないように考えたからだ。
彼は入室以来、気にかけていた事柄を口にした。ここは二人部屋のはずだった。先住者の姿が見当たらなかった。
「ネシスはどこにいる?」
御調少尉は「恐らく」と前置きをして答えた。それは不可解な回答だったが、なぜか外れているようには思わなかった。
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儀堂が自室に戻ったのは間もなくだった。すぐさま御調少尉の推測が正しかったと知ることになった。
ベッドの隅で小さくうずくまる影を発見した。
「お前はそこで何をしているんだ?」
背を向けたまま、ネシスは何も答えなかった。
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次回1/27(日)投稿予定
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