太平洋の嵐(Pacific storm) 9
【オアフBM内部 駆逐艦<宵月>】
視界が開けたのは唐突だった。すぐに各部署から報告が上がってくる。
その中の一つに儀堂は目を剥いた。彼にしては珍しいことだった。
儀堂を驚かせたのは、対空電探からの報告だった。
「反応が二つ、しかもそのうち一つは友軍機? 確かなのかい?」
副長の興津も戸惑っているようだった。
「はい、見張り員の報告では――」
すぐに、儀堂は喉頭式マイクに手を当てた。
「ネシス、そこから見えるか?」
『何がだ?』
「近くに飛行体の反応が二つあるはずだ。そいつらの正体を知りたい」
『ああ……見えるぞ。片方は確かにお主らの戦闘機とかいうものらしいな。もう一つは――』
しばらく沈黙があった。
『いいや、なんでもない。黒い竜じゃ……』
「その戦闘機と竜は何をしている?」
『うーん、何と言うべきかのう。じゃれあっとる?』
「――なんだって?」
少なくともネシスの目には
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【オアフBM内部 内壁近く】
二つの翼が互いを求め合うように旋回していた。それぞれの背後を取った刹那、片方は鉛の塊を、もう片方は炎の球を撃ち込む。しかし、お互いに決定打を与えられないまま、数十分たとうとしていた。
もう何度目か途中で数えるのを放棄していた。
戸張の烈風が黒竜の背後へ回り込み、
戸張は操縦桿を操り、機体を捻るように左へ急降下させた。BMの内壁を沿うように飛行し、同時に視線を巡らす。すぐに敵の姿を捉えられた。
はたして、思った通りだった。急降下したヤツはBMの底部すれすれで素早く態勢を立て直し、機体下部へ目がけて急上昇してきていた。黒竜の牙を剥き、のど元が怪しく橙色に輝く。次の瞬間、火球が放たれる。戸張は両脇のペダルを操ると、空戦フラップを下げさせた。機体の速度が低下し、三半規管が浮き上がったような感覚を伝えてくる。瞬く間に、赤い球が目前を通り過ぎた。
球はBMの内壁へ命中し、爆散するや、水分を含んだ煙をまき散らした。視界が一瞬だけ不良になる。危うく内壁へぶつかりそうになりながらも、スロットルを全開にして煙の中を突っ切っていく。
「やるじゃねえか!」
今までのヤツとは違う。素晴らしく忌々しいことに、敵は莫迦では無かった。
「はは、埒があかねえな!」
罵倒しつつも、口元は笑っている。まったく大したヤツだ。あんなデカい図体で、この
叶うことなら、ずっとこの
――少し遊びすぎた
長時間にわたる空戦によって、燃料消費が想定以上のものとなっていた。小さく舌打ちする。どこかで、この素晴らしき逢瀬を終わりにしなければならない。
戸張はBM中心部へ機体を向けた。あの太い、全く男根のような柱まで機体を持って行くつもりだった。
これまでの戦いから、戸張は彼我の戦力差を割り出していた。敵は旋回性能で烈風よりも優れているのに対して、烈風は飛行速度で優越している。ならば烈風の速度を活かして、格闘戦ができる広い空間で勝負した方が良い。BM内部では、中心部の柱付近がもっとも広い空間だった。
そこならマシな戦いが出来るかもしれない。
ただ、下手をしたら柱を中心に堂々巡りになり、そのまま燃料切れになるかも知れないが。
「仕切り直しと行こうか」
濃緑色の侵入者が柱に向ったと知り、黒竜は雄叫びを上げた。血走った目から溢れるほどの殺意が伝わってくる。黒竜は追いすがりながらも、火球を次々と発射した。それらは、これまでと違い、全くでたらめな方向へ放たれた。
「なんだ?」
戸張は戸惑いを覚えた。あいつ何か様子がおかしい。なぜだ?
すぐに気がついた。
「あの柱――あれを守っているのか?」
だとしたら、合点がいく。これまでBMの内壁付近、柱から遠く離れた空域で戦っていたのは、あの柱を守るためだったのだ。
「そうかい。ここがお前の母艦ってわけか?」
戸張は確かめるように、柱の中心へ向けて機銃弾を放った。直後、黒竜は文字通り目の色を真っ赤に変えて、向ってきた。なりふり構わずだが、火球を放つ様子は無かった。
「やはりな。お前は優しい奴だ」
ここで火球を放ったら、あの柱を直撃するだろう。それは、黒竜にとって不都合なことらしかった。戸張にとっては、全く別な話だが。
「悪いが、こっちも時間がねえんだ」
発射杷を握り、さらに銃弾を叩き込む。直径数百メートルはありそうな目標だ。外すはずも無く、全てが吸い込まれ、コバルトグリーンの液体が噴き出した。
黒竜は聞くもの全てを震わせるような雄叫びをあげて、戸張の機体へ突っ込んできた。戸張は再び空戦フラップを操り、機体速度を落とすとわざと距離を縮めさせた。操縦席から振り向くや、背後から火球が放たれる。
「そう来ると思ったよ……」
烈風の機体が赤い瞳から消えた。ほどなく火球は柱へ命中し、黒竜は柱へ突っ込みかけた。しかし直前で急制動をかけ、
お互いに目が合うのを感じる。
「――
烈風の翼下から、火を噴く矢が放たれた。それらは真っ直ぐ、黒竜へ向い、胴体から左翼へかけて着弾した。
戸張の切り札、空対空
メタルジェットの洗礼を受け、黒竜は黒い血を噴き出しながら、墜落していった。
烈風の主は敬礼で、その姿を見送った。
「まあ、おあいこってところか?」
満足げに嗤いながら、彼は燃料計を確かめた。限りなくゼロに近い目盛を針が指している。やがて、プロペラが息絶えるように回転を止め、機体は高度を下げていった。
「しまったなあ。三途の川の渡し賃は全部すっちまったからなあ。どうしようもねえな」
ぼやく戸張の鼓膜が雑音にかき乱される。思わず顔をしかめた後で、聞き慣れた声が伝わってきた。
『飛行中の烈風へ。こちらは駆逐艦<宵月>。聞こえたら、直ちに応答されたし』
「その声……衛士か!?」
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