太平洋の嵐(Pacific storm) 6

【北太平洋上 駆逐艦<宵月>】


「敵BM、四方へ複数の方陣を展開!」


 艦橋上部の対空指揮所から、見張員が怒鳴るように報告してくる。

 儀堂は喉頭式マイクに手を当てた。


「ネシス、あれは例の方陣か?」

『左様じゃ。来るぞ、ギドー。覚悟したほうが良い。あの大きさ、大群じゃぞ』


 直後、彼女の推測は肯定された。四方の方陣から、大量の魔獣が解き放たれた。ワイバーンからクラァケン、そしてサーペント。それらが大量に方陣から北太平洋へ投入された。


『ヤツめ。溜め込んでおったのを一気に吐き出しておる……』

 ネシスは怒りとも悲しみともつかない声音でつぶやいた。

『ギドーよ、どうする? あれを全て殺するのは困難に思うぞ』

「奇遇だね。実は、オレもそう思っていたところだ」


 おそらく第三航空艦隊の戦力を総がかりにしても無理だろう。合衆国軍がどれほどの戦力を引き連れてきているかは不明だが、仮に一個艦隊規模(かの国で言うところの任務群)を想定しても、良くて相打ちだ。いや、彼らは多分に合理的だから、そうなる前に引き上げるかもしれない。


「弾の数が足らない。艦の数もだ。何一つとして勝てる要素がない」

『道理じゃな。で、どうする、儀堂?』


 彼女の相棒は答えなかった。沈黙が続く。艦橋で一人、右耳へ耳当てをつけた男はじっと空を睨んでいる。<宵月>は針路をBMへ維持したままだ。このまま推移すれば、あと数十分で砲火を交えることになるだろう。数秒の沈黙が無限とも思える時間を作り出していた。


 傍らにいる副長の興津がついに耐え切れず何かを言おうとしたときだった。

 不意に儀堂は吹っ切れたような顔になった。


「ネシス」

『なんじゃ』

「――先に謝っておく。すまない」

『なぜ? お主まさか――』


 ネシスの中である疑いが生じたが、すぐに打ち消されることになった。それは彼女の予想を超えて衝撃的なものだった。


「頼みがある。オレをあの牢獄へ連れて行ってくれ」


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【北太平洋上 第5艦隊 戦艦<ニュージャージー>】


 <ニュージャージー>の艦橋からハインラインは、BMが魔獣を生み出す光景を見ていた。レーダー室から多数の飛行体、ソナー室から複数の推進音が報告される。


 彼はハルゼーに振り向いていった。

「サー、どうやら我々は煉獄の只中にいるようです」

「第二の真珠湾か?」

 憮然とハルゼーは言った。

「あのときよりは幾分かマシでしょう。我々は既に戦闘状態オン・デッキです。寝起きを叩かれたのと訳が違います」

「参謀として、貴官の意見は?」

「我々の任務に対する解釈次第です」

「遠まわしな言い方はやめろ」

「失礼しました。我々の任務は日本海軍の支援です。BMの脅威が我々の手に余りつつある現状、とるべき行動は2択となります。退くか、或いはこのまま日本海軍との協同セッションを続けるかです」

「不愉快だが、的確だ」

「どうなさいますか?」

「決まっている。合衆国海軍は任務に忠実であることだ」

「では、継続ということで――」


 合衆国太平洋艦隊司令部より、新たな命令が届いたのは、そのときだった。BMの脅威度を正しく認識した司令部は、作戦方針の変更を決めていた。


 ニミッツはハルゼーに対して、第7艦隊との合流を命じていた。彼は第5艦隊と第7艦隊がBMに各個撃破されるのを恐れていた。


「ジャップよりも先にこの海域を離脱するのはごめんだ」

 本心から不服そうに、ハルゼーは呟いた。彼は戦意において、合衆国海軍随一の猛将だった。


「お察しします」

 ハインラインはうなずきつつ、内心では安堵していた。


 あと数時間もすれば日が没し、戦闘不可能となってしまう。暗闇の中で、あの黒い月と対峙するのはどう足掻いても暗い未来しか見えなかった。


――日本軍は、黒い月と一夜を共にするのだろうか。彼らも任務に対する忠実性において、我々と引けをとらないが・・・・・・。


 ハインラインは半ば確信に近いものを思った。恐らく、どの道であれ彼ら日本我々合衆国よりも先に退くことなどありはしない。


 日本の艦隊は、撤退という点において特殊な解釈と判断を行うことを彼は知っていた。彼らは決して低くない確率で、撤退先に「ヤスクニ」を選ぶのだ。


 第5艦隊の主力部隊が一斉に回頭し、戦闘海域から退避をはじめていた。

 ハインラインは遠ざかる黒い月に目を向けると、ささやかな抵抗を行う日本の艦隊へ敬礼した。


 その背後で、小さなざわめきが起きていた。ざわめきの一つは奇妙なことを言っていた。


「ジャップの駆逐艦デストロイヤーが飛行しているだと!?」


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次回1/11投稿予定

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