太平洋の嵐(Pacific storm) 4

 戸張が知る限り、BMは二つの攻撃手段を要していた。


 一つは方陣から大量の魔獣を投入し、それらの群体の物量で押し切るやり方だ。もう一つはより直接的な手段だった。戸張たちが遭遇したのは、後者の方だった。


 オアフBMから紫色の光弾が、全方位へ向けて発射された。ランダムに放たれた無数の光弾は、周囲を飛行中の合衆国軍機へ命中した。数十機が火を噴きながら墜落、もしくは爆散した。


 BMの防衛兵器として全周囲攻撃可能な光学兵器を搭載していた。それらは断続的に放たれ、発射前の予兆として紫色に輝くことがわかっている。光弾一発の威力については正確に測れていないが、ハワイ沖海戦や東京湾決戦時の記録から、重巡に搭載された15~20センチ砲と同程度ではないかと推定されていた。航空機が食らった場合、まず撃墜は免れない。運が良ければ脱出できるだろうが、最悪は跡形も無く空中分解する。


 戸張は咄嗟に操縦桿を引き起こし、左右のフラップペダルを操ると、機体を捻って海面に対して翼が真横を向くようにした。敵の攻撃方向に対して、機体が晒す面積を最小限にとどめるためである。


――畜生、こいつだけどうにもならん……!


 操縦席内の光の変化から、光弾がすぐ頭上を通り過ぎたのがわかった。額に冷や汗が伝っていくのがわかる。彼は一度だけ、それを拭うと僚機に話しかけた。


「キヨセ1より各機へ、無事か?」

『こちらキヨセ2、異常なし』

『同じくキヨセ3、無事です』


 僚機の安否に胸をなで下ろすと、彼はオアフBMの空域へ目をやった。合衆国軍機が火だるまになって落ちていくのが見て取れた。


――ありゃ無理だ。助からん。


 戸張は確信した。機体がきりもみ状態で落ちていく。あれでは天蓋キャノピーを開いて脱出する余裕はないだろう。他国民とはいえ、同情を禁じ得なかった。同時に抗しがたい怒りに駆られる。


――アメさんの指揮官は何を考えてやがる。


 BM周辺、その狭い空域に数百機を殺到させれば退避行動に制限がかかるだろうに、そんなことがわからなかったのか。


 戸張たち三航艦の航空隊は距離をとっていたため、被害は免れた。しかし合衆国軍はすぐ周辺にいたため、大きな損失を出している。いくら大戦力を集中させても、敵は要塞に匹敵する防御力と火力を備えたBMなのだ。それこそ戦艦でも持ってこない限り、有効打は与えられないだろう。


『キヨセ2より隊長、あれまずくないですか?』


 合衆国側の攻撃隊の統制が乱れているようだった。攻撃再開のため、編隊を再編するも時間が掛かるだろう。その間に敵弾の第二波が襲来したら、恐らく目も当てられないことになる。


「ああ、きっと酷いことになるぜ。オレが、あそこの指揮官なら母艦に退避する。ってか、早く戻りやがれ。いい加減、こっちにバトンを渡せってんだ」


 戸張の願いが叶えるように星の紋章を描いた機体が次々と空域から去って行った。ようやくかよと戸張は思ったが、こちらの編隊長は一向に攻撃開始命令を出さなかった。決して燃料に余裕が無いのにも関わらず何を考えているのかさっぱりだった。


――無駄に焦らしやがる。あの黒玉が二発目ぶっ放す前にこっちが仕掛けねえと意味がねえだろ。


 発艦前の攻撃計画では、各隊が一撃離脱して波状攻撃を行う予定だった。しかし、このままでは引き返せざるをえなくなる。燃料がもたないのだ。せめて機銃の一発くらい食らわしてやりたかった。


 戸張が編隊長へ向けて、無線を発信することにした。彼の網膜に橙色の光が映し出されたのそのときだ。


 BMの表面にオレンジ色の煌めきが連続的に巻き起こった。それらは噴火した火山のごとく、炎を巻き上げた。


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次回1/9投稿予定

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