パンツァー VS ドラゴン(Panzer vs Dragon) 2

「何が起きた……?」


 中村少尉は半ば呆然と呟いた。


 いや、起きたことはわかっている。何ものかが、あのドラゴンクソトカゲに徹甲弾をぶち込んだのだ。問題は、その発射点だった。それは分厚いビルの向こう側から放たれていた。そこはボッティンオーにある、唯一の銀行で非常に堅牢なビルだった。徹甲弾は、そのビルを完全に射貫き、ドラゴンへ鉄の洗礼を浴びせかけた。M4シャーマン戦車では不可能な行為だった。75ミリ砲ごときでどうにかできる代物ではない。中村は思った。待てよ、そいつを易々やすやすとやってのけた化け物はどんな砲を積んでいるのだ?


 彼の疑問はほどなく解けた。それは物理、心理、両面に衝撃を与える結果となった。奇妙な悲鳴のような、軋む音が周辺に木霊し、倒れ伏した中村の身体に小刻みな震動が伝わってきた。震源地はビルのほうだった。中村よりも震源地に近いドラゴンが距離をとり、あからさまに警戒する態勢をとっている。ギガワームも中村達から震源地へ関心を移していた。軋みはやがて大きく、震源地はより近くなり、そして正体を現わした。


 突如ビルの一角が崩れ去る。土煙が舞い上がった先にモノリス直方体の塊が見えた。


 ドラゴンは炎をモノリスへ浴びせかけた。しかし、それは長くは続かなかった。モノリスより大気を震わすような砲声が響き、直後ドラゴンの肩から血しぶきが上がった。痛快なほどに明瞭な悲鳴を上げて、ドラゴンは後ずさりした。まるで獅子に怯える犬のようだった。


 目前の光景に圧倒された中村の耳に、高声変換された雑音混じりの声が届いた。

『こちらアズマ、これより戦線に復帰する』 




『サッキノ危ナイ。距離ガ大事』


 たどたどしい日本語が車内無線より発せられる。臨時で彼の隊へ入った操縦手からだった。本郷は喉頭式マイクを押さえた。


「すまない。次から気をつけよう」


 本郷は遠く離れた数メートル先の車内前方席へ向けて、心より謝罪すると、改めて前を見据えた。ドラゴンが後ずさりしつつある。どうやらこちらも化け物だと気づいたらしい。ここで逃がすわけにはいかない。何よりも彼の部下に申し訳が立たない。それに、ヤツはり過ぎた。人間を嘗めるとどうなるか、教育する必要がある。


 本郷は大蜥蜴ドラゴンを躾けることにした。受講料は、その血であがなってもらう。


「戦車、前へ」

『……?』


 しまったと思い、わかるように操縦手の母国語独逸語で言い直す。


Panzer vorパンツァー・フォー!」

Jawohlヤヴォール


 小さくはねるような返答とともに、全く対称的な行動が開始される。重量187トンのモノリスが動き出した。それは妥協を一切許さぬ平面によって構成された鋼鉄の使徒だった。全長は10メートル、幅は3.6メートル、砲塔を含む車高は同じく3.6メートルある。正面装甲は200ミリを越え、搭載された砲は二門、12.8センチと7.5センチ砲だった。何もかもが過剰で規格外だが、それは紛れもなく戦車だった。


 ボッティンオー空港の格納庫で、この鉄塊を目にしたとき、本郷は混乱した。彼が知る戦車とあまりにもかけ離れた存在だったからだ。戦車に似た何か別のものだと彼は思いかけたが、格納庫で会った老人によって否定された。老人ははっきりと、これは戦車Panzerであると言い切った。本郷は自分の常識を書き換えることにした。実際に乗ってみて、あらためて実感する。なるほど、これは戦車であった。ただ、ひとつだけどうしても納得できないことがあった。


――なんでまた、マウスネズミなどという名前にしたんだ?


 マウス、この超重戦車の名前だった。母国独逸における正式名称はVIII号戦車 マウスPanzerkampfwagen VIII Maus。187トンの鉄塊に、ネズミと名付ける独逸人の感性は理解しがたかった。むしろ、マンムート巨象と呼ぶべきでは無いのか?


「次弾装填完了」


 すぐ前ににいる装填手が息を切らせながら報告してきた。さすがに30キロ近い砲弾を一人で装填するのはそうとう難儀なようだ。


 労いの言葉をかけると、彼は砲手へ命じた。

「目標、敵ドラゴン胸部」


 砲塔が旋回し、蠢く鱗の山を指向する。やがて、その照準器いっぱいにドラゴンの胸部が収められた。本郷は、これ以上戦いを長引かせるつもりは無かった。ボッティンオーは十分すぎるほど人類は血を流しているのに、魔獣は未だに健在だ。これでは帳尻が合わない。彼は不公平を最も嫌う男だった。


ェ!」


 砲身に収められた12.8センチの砲弾の雷管が作動、炸薬が瞬時に爆散し、その威力は弾頭下部へ集約される。砲身内で運動エネルギーの奔流が凝集し、徹甲弾を秒速920mで弾きだした。それは巨大な鋼鉄の杭となり、ドラゴンの胸部、その一部を深々と穿った。


 絶叫。


 身も震えるような叫びがボッティンオーの街へ響き渡り、大地が赤黒く染まった。彼の躾は一定の効果があったらしい。ドラゴンは巨体を身もだえさせると、さらに後退した。マウスが竜を確実に追い込んでいく。


 そのままドラゴンを押しつぶすかに思えた瞬間、マウスの車体が僅かに揺らぐ。直後、行く先の大地が大きく割れた。つがいの窮地を救おうと、ギガワームが地中を掘り進んできたのだった。


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※次回12/15投稿予定

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