死闘(Death match) 2

【アメリカ合衆国 ノースダコダ州北部 ボッテインオー近郊 1945年3月12日 早朝】


――しくじった……!


 本郷は中隊の全戦力を最大速度で走らせていた。その顔には苦渋の色を浮かんでいた。


――あのとき引き返すべきじゃ無かった。


 そうだ。やはり無駄だとわかっていても、可能な限りあのドラゴンの捜索を続けるべきだったのだ。


『イワキより、アズマへ。街が見えてきました』

『アズマ、了解。そのまま道沿いにボッテインオーへ入る』


 本郷は展望塔キューポラの天蓋を開き、身を乗り出した。外気が責め立てるように彼の半身を叩いた。3月とは言え、北米の空気は冬の名残を残していた。彼の視界にはボッテインオーの街が入っていた。双眼鏡に手にかけるまでもなく、その様子が理解できた。


 手遅れだった。


 街のあちこちから煙があがっている。周辺になぎ倒された合衆国の戦闘車両が散見された。


 しばらくその光景を凝視した後、無言で本郷はチヌの天板に拳を振り下ろした。鈍い音が車内に反響する。乗員は誰も振り返ることは無かった。誰しもが常に人格的に満たされているわけではないのだ。


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 昨夜、本郷の中隊は合衆国軍の装甲中隊(ネスビットの部隊)の最期を見届けた後で、本郷は北部の湖畔地帯からダンシーズの街へ引き返していた。それは大隊本部を飛び越し、さらに上級の遣米軍司令部からの命令だった。彼等は本郷が所属する第九戦車師団、第二十増強戦車大隊全ての部隊にダンシーズ防衛を命じていた。敵巨竜の予測進路からダンシーズが襲撃される可能性が高かった。


 任務の主目的は他の部隊が所定の地点まで撤退するまで、敵巨竜の侵攻を食い止めることだった。


 大隊本部の一室で説明を受けた本郷は、自分の理解を述べた。

「遅滞戦闘ということですか?」

「そう、つまりは時間稼ぎだよ」


 本郷の上官、東島信司ひがしじましんじ大佐は端的に言い切った。長身で本郷と同じく陸軍ではまだ少数派マイナーの長髪の士官だった。東島の場合は年相応に薄くなった頭髪をオールバックで固めている。


「遣米軍司令部は、戦闘可能な限りここを守れと仰せだ。合衆国軍に恩を売るつもりだろう。全く面白からぬ話だが、そういうわけだ。済まないが、最悪の場合は私と共に君らは死ぬことになる」

「なるほど」

 本当にこの人の率直さには良くも悪くも感心させられる。

「仕方ありません。それが我々軍人ですから」

「よろしい。では、戻りたまえ。君の部下には私の言葉をそのまま伝えてくれ」

 つまり自分東島に泥を被せろとのことだった。

「了解です」


 本郷はその必要を感じなかった。少なくとも彼の中隊は義務の意味を正確に理解している。また固守命令に関して彼自身を例外としても、部下を無駄に死なせるつもりは無かった。

 かくして第八混成中隊は夜通しダンシーズ近郊の警戒に当たっていた。しかし、肝心のドラゴンの姿は一向に見えなかった。合衆国軍、装甲中隊との戦闘の後で、ドラゴンは忽然と湖畔地帯の暗闇に姿を隠してしまった。


 合衆国軍は夜間哨戒機を飛ばしたが、深い森の影まで捜索するのは不可能だった。結局のところ行方がわからぬまま、本郷達は翌朝の日の出を迎えた。誰もがドラゴンは湖畔地帯へ潜んだまま出てこないのではないかと思っていた。本郷自身も例外ではなく、彼は眠気を覚ますために部下に珈琲を淹れさせた。


 連合国軍の全周波数帯に向けてSOSが発信されたのは、そのときだった。


『メーデー、メーデー、メーデー、こちらボッテインオー陸軍航空基地。敵獣の襲撃を受けている。敵はドラゴン。いま滑走路に侵入した。誰でもいい。早く来てくれ!』


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 SOS発信から10分後、ダンシーズ西方25キロの街、ボッテインオーに向けて本郷は出発した。


 彼が現地に到着したのは、さらにそれから50分後のことだった。彼自身は知らなかったが、ボッテインオーに駆けつけた最も有力で最速の部隊だった。逆説的に言えば、頼れる戦力は今や本郷だけだった。


「アズマより全車へ。これから街の中に入る。全車速度を落とせ」


 合衆国軍の戦闘車両の残骸を避けながら、彼は街の中へ入った。あちこちに抵抗の跡が見られた。M1バズーカを握りしめたまま、半身を焼かれた合衆国兵士が倒れている。痛みによるショック死だろう。その顔は苦悶に歪んでいた。似たような死相を浮かべたものたちがそこかしこに横たわっていた。街中から悲鳴と怒号が聞こえ、死の香りに満ちあふれている。ボッテインオーは混乱の極致にあった。


 その大気を震わせるような咆哮と地響きが本郷の車両を揺らした。


「アズマより、カグラへ。君らは降車して散開しろ。生存者を捜索、救出するんだ。ホハ車は後退。遮蔽物へ車体を隠せ。いいか、会敵しても絶対に手を出すな。これは命令だ」


 本郷は機動歩兵を降車させると、街の中へ散開させた。どのみち、歩兵ではあの竜を倒すことは不可能だ。彼の中隊には、聖ジョージも聖マルタもいない。戦ったところで、苦悶した死体が量産されるだけだった。


「アズマより、イワキ、ウラベへ。これより敵巨竜を捕捉――可能な限り、戦闘を継続する」


 もっとも戦車で立ち向かったところで、状況が改善されるか怪しいところではあった。




※次回12/9投稿予定

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