遣米支援軍(Imperial Army) 2

 本郷達が目指す街は、オベロンと呼ばれていた。初めにその名を聞いたとき、本郷は彼特有の感性から、えもいわれぬ趣を感じた。悪魔のデヴィルズ湖の側にある街の名として、どこか妖精王オベイロンを彷彿させるものがあった。もっとも、かの妖精王が登場した作品じゃじゃ馬鳴らしとは全く正反対の情景がその街には広がっているはずだった。ある意味、名にし負うというべきだろうか。オベロンに限らず、デヴィルズ湖周辺は魔獣に浸食され、合衆国政府から侵入禁止区域に指定されていた。本郷達にとって、そこは戦闘区域コンバットエリアを意味する。




 本郷の戦車中隊は比較的保存状態の良い損失の少ない部隊だった。中核の装甲戦力は三式中戦車チヌで、75ミリ戦車砲を装備している。合衆国のM4シャーマンとも互角に渡り合える日本陸軍史上初の標準的まともな中戦車だった。合衆国と同盟関係にある現在、チヌがM4と砲火を交える未来はなくなった。その代わり、チヌはその砲身から徹甲弾を魔獣へ向けて存分に振る舞っている。本郷の中隊は戦車3小隊(チヌ8両)、機動歩兵1小隊(一式半装軌装甲兵車ホハ4両)、その他に捜索分隊として自動二輪車3両で構成されている。当初は各車両ともに10両以上配備されていたが、戦闘による損失と長時間の稼働に故障で定数を大幅に割った状態で任務に就いていた。


 本郷はオベロンに続く328号線を時速30キロほどで西進していた。周囲には島国育ちのものにとり、呆れるほどの原野が続いている。とにかく北米は気の遠くなるほど広く、そして圧倒的だった。遣米支援軍(通称:遣米軍)として派遣されて1年以上経つが、こんなヤツラ相手に戦争しかけるなど、正気の沙汰では無かったと幾度となく思い知らされた。


 出発して1時間ほど経過したときだった。先行させた自動二輪の捜索隊から無線が入った。


『マキリ3よりアズマ1へ、台場へ着いた。視界は良好。送れ』

「こちらアズマ1。マキリ3、オベロンの状況を求む。送れ」

『こちらマキリ3、敵獣多数認む。中隊規模の混合群体。構成はグール屍兵大よそ200、トロール岩鬼10。送れ』

「了解。現位置にて観測を継続せよ。接敵の可能性があれば撤退を可とす。以上、終わり」

『こちらマキリ、了解。可能な限り観測す。終わり』


 どうやらオベロンを占拠している敵戦力に変化はないらしい。本郷がE中隊を救援した後、合衆国の陸軍航空隊により、大爆撃を受け、オベロンの魔獣群はかなりの数を撃ち減らしたと報告を受けている。


「アズマ1より、全車へこれよりオベロンへ進出。敵獣を駆除する。戦車前進」


 我に続けの後、本郷の率いる鉄の猛獣は一酸化炭素の息を吐き出しながら、オベロンへ迫った。


 30分も経たず、廃墟と化した街並みが見えてくる。同時にその建物の隙間や影から、異形の化け物の群れがこちらへ向けて迫ってくるのも目に入る。


『マキリ3よりアズマ1へ、敵獣は集結しつつあり。新たなグールの群れも確認した。敵勢力増大中、警戒されたし。送れ』


 本郷は己の判断の甘さを認識した。敵勢力の増大規模が予想以上だった場合は撤退もあり得る。


「アズマ1、了解。我が意思に変更無し。送れ」

『マキリ3、了解。心ゆくまで万歳突撃されたし』


 本郷は苦笑した。突撃? 冗談ではない。僕が行うのは蹂躙のみだ。圧倒的な優勢を確保の後、踏みつぶす。ただ、それだけだ。


 本郷は敵との距離が2000を切ったところで中隊の装甲戦力を横隊展開させた。同時に後方に控えている機動歩兵を降車させ各車両の間に展開させる。近接戦に備えさせるためだった。ちょうど魔獣を遠巻きに半包囲するようなかたちになりつつあった。本郷は展望塔キューポラから上半身を乗り出すと、各車両間が離れすぎないように位置を調整した。


 双眼鏡で街の入り口付近を見る。ちょうど敵の第一波が姿を現わした。全高10メートル近いトロールが8体、石槌を手に突進してきている。そして後に続くグールの群れも見えた。


――やはりな。


 接眼レンズには合衆国兵の姿をしたグールの群れが映っていた。彼等はかつてこの街を守っていたE中隊の兵員だ。本郷の救援からこぼれ落ちた者達だった。他には街の住民と思しき者も含まれている。老若男女が差別無く、動く屍の兵となり、こちらへ向ってきている。グール、リビングデッド、ゾンビ、屍人、呼び方は様々だ。元は合衆国国民として生を謳歌していたはずの者達だが、今は見る影もない。五体は腐りはて、あるものは臓物を垂らしながら、またある者はほとんど骨と皮と化してながら、蠢いている。彼等は人型をした人外であり、息吹と共に理性を失い、ビーストへと堕とされた存在だった。


「アズマ1より全車へ。現位置にて待機。射撃待て」


 魔獣の群れは本郷の小隊へ向ってきていた。それは敢えて本郷が彼等かれらから見えやすい高地に陣取っていたからだった。ヒロイズムに駆られていたのではない。彼はなるべく速やかにグール元人間を処分しておきたかった。いくら慣れたとは言え、その姿は彼の中隊の兵士に精神的な悪影響を及ぼす存在だった。


 やがて、敵の群れは自ら十字砲火地点へ出向いてくれた。彼我の距離は1500メートルを切っている。本郷は敵に知性がないことに心から感謝すると、車内へ身を収めた。展望塔キューポラの天蓋を閉じ、射撃の段取りに移った。



※次回11/25投稿予定

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