横須賀空襲(This is not a drill) 7

 <アリゾナ>が放った主砲弾は狙い通りの軌道描いて到達した。東京湾に瀑布のような水柱が6本屹立する。


 その光景を儀堂は俯瞰で見ていた。脳内では軍艦マーチの一節が再生されている。


 守るも攻むるも黒鐵くろがねの浮かべる城ぞ頼みなる。


――莫迦野郎、限度があるだろう。誰が空へ浮かべろなんて言った。


 赤い六芒星の円に包まれて、<宵月>は空を浮遊していた。


「か、艦長……これは?」


 興津中尉が間の抜けた声で儀堂へ顔を向ける。興津中尉、君の反応はもっともだと思う。


「何か不思議なことがあるのかい? 戦艦が飛ぶご時世なんだよ。駆逐艦が飛んだところで何の不思議がある」


 半ば投げやりに儀堂は答えた。どういう原理かなんて聞くなよと思った。そんなこと知るわけが無いのだから。


「中尉、甲板へ出ている兵員を艦内へ収容してくれ。放送で呼びかけろ」

「は、はい!」


 興津は通信室へ駆けていった。なぜ電話を使わないのか疑問に思い、気がついた。


 何やら騒がしい声が手元から聞こえてきている。高声電話を握りしめたままだったのだ。


『ギドーよ! ギドー! 妾の力を見ているか!』

「ネシス、これは君がやったのだな?」

『そうじゃ。役に立つだろう?』


 ネシスは嬉しそうに言った。儀堂は少し考えてから返事をした。


「そうだな。役には立っている。だが一つ言わせてくれ」

『……なんじゃ?』

「次から勝手に飛ばさぬようにしてくれ。いいかい。船は空を飛ばないものなんだ」

『ふん、わかった。それで、どうするのじゃ? あのデカブツの始末をつけるのであろう』


 儀堂は艦橋の外へ目を向けた。<宵月>はさらに高度を上げていき、やがて<アリゾナ>と同高度となった。


「ああ、その通りだ。オレはあいつを解放する」


 正面から見たアリゾナは悲惨の一言に尽きた。艦上の構造物全てが藻に覆われ、砲身から水滴がしたたり落ちている。全身で泣いているように儀堂には見えた。彼女アリゾナ仕えるべき主人合衆国を見失い、異国の地まで彷徨って来たのだった。叶うならば、故郷へ返してやりたいところだが、今の儀堂にはその力がなかった。ならば、せめてここで眠らせてやるべきだった。


「ネシス、奴の後方へ回りこんでくれ」

『承知した』


 <アリゾナ>の副砲群の射撃をかいくぐりながら、<宵月>は艦尾へ回り込んだ。そして5式試製噴進砲の射界へ収める。それは世界初の航空打撃戦だった。


 儀堂は葬送の手順に移った。


「噴進砲発射準備」

「噴進砲、発射準備宜し」

「目標照準、<アリゾナ>。前方、第一及び第二砲塔」

「照準、第一、第二砲塔、宜候。測的、距離1500」

「艦長?」

『ギドー?』

「撃ち方はじめ!」


 <宵月>の船体中央より、二本の矢が連続して放たれた。それらは秒速300メートルで<アリゾナ>に直進し、それぞれ第一と第二砲塔を貫通する。そのまま砲塔内部で信管が発動し、500キロの炸薬が大爆発を引き起こした。爆発は弾薬庫および燃料タンクまで伝わり、<アリゾナ>は空中で瞬時に火葬された。3万トンの鋼鉄の棺が、自ら炎に包まれながら、海面へ向けて崩れ落ちていく。


 <アリゾナ>の最期を儀堂は敬礼をもって見送った。炎がその顔を赤く照らしていた。そこから正確な表情を読み取ることは誰にもできなかった。後日になって、ある者は憐れんでいるように見えたと言い、別の者は静かに怒っているように見えたとも言った。



※次回11/16投稿予定

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