横須賀空襲(This is not a drill) 6

 衝撃に耐えながら、儀堂は己を罵った。


――畜生めが! 下手な楽観したら、すぐこのざまだ!


 すぐに思考を切り替える。やるべきこと山ほどある。彼は艦長職を演じる必要があった。 


「被弾箇所、知らせ!」


 次々と報告が上がってくる。<宵月>は被弾箇所に4つだった。内1発は後部第三砲塔に命中し、飛び込んだ砲弾が砲塔内で跳ね回った結果、配置された兵員は全滅した。儀堂は機械的に弾薬庫注水を命じる。目立った損害はそれだけだった。敵弾は徹甲弾らしく、大半は<宵月>の薄い船体を突き抜けていった。


「不幸中の幸いでした。もし敵が榴弾を使用していたら、今頃<宵月>は火だるまになっていましたよ」


 興津が額の汗をぬぐう。儀堂は首を振った。


「まだ不幸のただ中だ。これからだよ。今まで通りにはいかなくなった」


 その通りだった。弾薬庫注水と浸水によって、<宵月>は30ノットまで速度を落としていた。応急班の対応が間に合ったとしても、<アリゾナ>に追いつかれるのは時間の問題だった。


 <アリゾナ>は第一射から間髪いれずに、副砲を発射した。次々と第二波、三波、四波が飛来する。その度に<宵月>は被弾し、戦力を低下させていく。敵は相変わらず徹甲弾を使いたがっていた。そのため火災による人的損失は回避できたものの、船体に穴を空けられたことで浸水は拡大していった。ついに速度が25ノットを切ったところで、<アリゾナ>は後方5000メートル上空まで迫っていた。


 <アリゾナ>が主砲の16斉射目を放ったのはそのときだった。轟音と共に後部よりかつて無い規模の震動が伝わってきた。儀堂はかろうじて艦長席の肘掛けにつかまり耐えた。


――主砲を食らったのか……?


 そう思うも、直感で否定する。仮に主砲の直撃を食らったら、こんなものでは済まされないはずだ。ハワイ沖海戦の経験から彼は結論づけていた。恐らく副砲の集中砲火を浴びたのだ。


 儀堂の推測は正しかった。<アリゾナ>は主砲と副砲を同時に放ち、主砲は前方100メートルの進路上へ着弾していた。それは本来ならば<宵月>の命運を終わらせたはずの砲弾だった。<アリゾナ>の計算を狂わせたのは、皮肉なことに自身が放った副砲の砲弾だった。


「スクリューをやられただと?」


 絶望的な報せを儀堂は表情を変えずに受け取った。内心では死を覚悟していた。<アリゾナ>の副砲の弾は悪魔じみた弾道で<宵月>の艦尾へ命中し、そのまま船底まで突き抜けてスクリューをへし折っていた。主砲弾が外れたのは、副砲の射撃で<宵月>のスクリューが壊れ、速度が急低下したためだった。


 状況を認識した儀堂はすぐに対処行動に移った。この場合、取るべき手段はひとつだった。


「煙幕展張急げ!」


 <宵月>のボイラーで重油が不完全燃焼し、煙突から黒い煙が吐き出された。黒煙が活火山のごとく生み出され、周囲を覆いつくすまでさほど時間はかからなかった。もっともその間も<宵月>は<アリゾナ>の副砲弾を一身に受けていた。被害は増大し、戦死者数は急カーブを描いて上昇し始めた。


「味方航空隊の到着まで、あと何分だ?」


 視界不良の中、黒煙特有の刺激臭に耐えながら儀堂は尋ねた。


「もう5分ほどです」


 興津中尉は平静を保っている。彼も副長職を健気に演じているように見えた。あるいは神経を麻痺させているのかも知れない。


「5分か……」


 恐らく保つまいと儀堂は結論づけた。敵艦はすぐ側まで来ている。煙幕を展開したところで、至近に迫れば<宵月>に照準を定めることなど造作もないことだった。


「敵との距離は?」

「3000切りました」


 畜生、せっかく駆逐艦に乗ったのだ。せめて魚雷でアイツアリゾナを屠ってやりたかった。


――いや、待て。この艦は魚雷を積んでいなかったのだった。その代わり、あの噴進砲を積んだのだったな。


「興津中尉。噴進砲だが、あれは仰角をとれないか?」


 儀堂は最後の望みをかけた。もし仰角をとれるのならば、対空射撃が可能だ。いくら戦艦でも500キロの噴進弾を受けてはまともでいられまい。しかし興津は首を横に振った。


「駄目ですね。なにしろ、あんな高度を飛ぶ大型魔獣など想定されていませんでしたから……」

「そうか。まあ道理だね」


――ここまでだな。


 儀堂は退艦命令を出す決意をした。ここで兵を死なせるわけには行かなかった。もちろん彼自身も死ぬつもりはない。艦は造ればどうにでもなるが、兵の育成は一朝一夕にはできない。


 電話が鳴ったのはそのときだった。受話器をとろうとする興津を制止した。予感があった。


「ネシスか?」

『そうじゃ。どうしたのじゃ? 先ほどから威勢が衰えたように感じるぞ』

「それについてはまた後で話そう。御調少尉を出してくれ。そこにいるのだろう?」


 根拠はないが、恐らく御調がどこかにネシスを連れて行ったのだろうと思っていた。ほどなく自分の予想が正しいとわかった。


『御調です。艦長、いかがなさいました?』

「ああ、うん。説明は省くがこの艦は沈む。君達は逃げろ」

『私達だけで逃げる?』

「そうだ。私個人の信条として婦女子を死なせるわけにはいかない。君らには優先的に出て行ってもらう」

『それはできま――』


 御調の言葉は途中でネシスに乗っ取られた。


『妾は嫌じゃ!』

「好き嫌いで戦争は出来ないと言っただろう」


 突き放すように儀堂は言った。時間が無い。


『ギドー、アレから逃げ切れれば妾達の勝ちであろう? なぜ妾とこの女だけ逃がそうとする?』


 ネシスは戸惑っているようだった。無理もないだろうと思った。なにせ、オレは昨日この鬼をぶち殺そうとしていたのだから。我ながら矛盾している。いや、違うな。要するにオレは己の不手際で誰かを死なせたくないだけなのだ。


「もうこの艦は動けないんだよ。足をやられたとでも思ってくれ」


 儀堂は苛立ちを治めながら、言い聞かせた。


『武器はないのか? アレを造ったのは元々お主ら人間じゃろう? ならばお主達で倒すことができよう?』

「あるが使えない。真横にしか・・・・・撃てないんだよ。さあ、わかったら早くそこのお姉さんと一緒に出て行くんだ」

『……真横に向ければ使えるのじゃな?』


 ネシスは静かに言った。儀堂は嫌な予感がした。こいつ何をやろうとしている?


「待て。お前何をやろうとしてる?」

『ギドー、妾はアレを落とすことはできぬ。じゃが、これを持ち上げる・・・・・ことはできるぞ』

「持ち上げるだと? どういう意味だ?」


 答えはすぐに示された。<宵月>を中心に海上に六芒星の文様が描かれた。


 文様は高速で回転し、<宵月>を赤い光の輪で包んだ。


「ネシス、何をやっている!?」


 <アリゾナ>が十七斉射目の主砲弾を放った。3秒後に<宵月>へ到達する。



※次回11/15投稿予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る