横須賀空襲(This is not a drill) 3
産声をあげた<宵月>が最初に目にした原風景は端的に地獄だった。対空指揮所、機銃座など艦外を望める配置から等しく、戦火に包まれる横須賀市街と海軍工廠が見えた。
――畜生、好き勝手にやってくれたな
<宵月>の誰もがそう思った。このまま返してやるわけにはいかない。
「興津中尉、すぐに機関へ繋いでくれ。何分でこの船は動ける?」
儀堂は横須賀の光景から眼を離さぬまま、静かに言った。
興津は短く返事をすると高声電話を取った。
「機関長より、機関発揮まで10分くれだそうです」
「わかった。なるべく早く頼む」
よろしい。10分後に魔獣をぶち殺すために動けるのならば重畳だ。ならばその間に可能な行動を全て起こしておかねばならない。
儀堂は電測室へ電話を繋いだ。
「艦長の儀堂だ。電探に反応は?」
『反射波あり。本艦、左90度、大きい』
儀堂は受話器を手にしたまま、その方向へ眼をやった。数隻の駆逐艦と海防艦が見えた。それぞれ横須賀市街上空へ向けて、対空射撃を行っているが戦果は不明だった。放たれた砲弾は分厚い雲に吸い込まれ、行方知らずになっていた。恐らく
しかし目標が見えない限り、偏差修正もままならない。どんな魔獣かしらないが、上空から砲撃など反則に等しいではないか。待て。オレは相手が魔獣だと断定しているが、果たしてそれは正しいのか。だいたい砲弾を放ってくる獣など……莫迦め、そんなことは今考えることでは無い。
儀堂が思考の迷宮から自分を引き戻したとき、敵の反撃が味方艦へ降り注いだ。EF艦艇の戦列へ砲弾の嵐が見舞われた。砲弾の過半は横須賀沖に吸い込まれ、水柱を上げたが、全てでは無かった。被弾は2発。1発は味方駆逐艦の前部砲塔を吹き飛ばし、残り1発は海防艦の艦橋を前衛芸術のような物体へ変えた。
水柱の高さから大口径弾だと儀堂は判断した。敵の正体は不明だが、少なくとも戦艦以上の砲塔を備えている。
「酷い。これでは一方的すぎる」
興津がうめくように言った。
「全くだね。だけど、現代的には極めて道理なことだよ」
儀堂は独り言のように言った。興津は声の冷たさに薄ら寒いものを覚えた。
「そうだろ? 戦場に浪漫があったのは中世までだ。火薬の出現と共にそれらは地平へ追いやられた。いや、オレ等の境遇を鑑みるに水平へというべきかな」
電測室からの報告がスピーカーより告げられる。
『目標、変針。横須賀市街上空より本艦へ向ってきます』
「よろしい。そのまま観測を続けろ。射程に入り次第、射撃開始だ」
儀堂の中で相反する心情が渦巻いた。
わざわざ敵が
儀堂は艦長席ある双眼鏡を引っつかんだ。
「興津君、来てくれ。対空指揮所へ上る。それから……おい、あの二人はどこにいった?」
いつの間にか、ネシスと
「そういえば御調少尉とともに艦橋を出られるのを見ましたが――」
計ったかのように電話が鳴った。困惑しつつも儀堂は受話器を手に取った。その先から場違いな少女の笑い声が響き渡っていた。
『ギドー、困っておるようじゃな? 助けてやろうか?』
ネシスの声だった。
※次回11/12投稿予定
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