月下の邂逅(Moonlight rendezvou) 1
―月下の邂逅(Moonlight rendezvou)―
【大日本帝国 横須賀
横須賀にその施設はあった。
草色の戦闘服に身を包んだ、直立不動の衛兵。その脇にある門柱には『海上護衛総司令部』と刻み込まれている。
通称、護衛総隊。EF(エスコートフリートの略)とも呼ばれる。
大日本帝国及びその友邦諸国の
かつて横須賀鎮守府が置かれた施設に、海上護衛総隊司令部は設置されている。一時期は海軍省内にあったが、やはり人員の拡大に応じて兵員が収まらなくなったため移転となった。軍令部との連絡がとりにくくなったが、護衛総隊直属の艦艇の大半が横須賀を母港としているため、現場に近いという意味では好都合だった。
その司令部内の廊下を速歩で進む軍人がいた、よほど急ぎの用事らしい。彼はある一室で足を止めると、息を軽く整えてノックした。間もなく「入りなさい」と室内から返答があった。
彼が開けたドアには長官室と書かれていた。
「大井大佐、入ります」
灰皿でタバコをもみ消しながら、
「決まったのかね」
「はい、伊藤長官。今度のYS八七船団の編成です」
「北米支援船団もこれで八十七回目か」
「はい。ただ今回は通常のそれと異なりますので、護衛戦力を増強しております」
「なるほど……」
伊藤は船団の編成表へ一通り目を通すと、人員表のページをめくった。そこには尉官以上で職位をもった士官が載っている。ふとある人物の名が目にとまる。
「おや、ここの――」
伊藤はその人物の名を指さした。大井は事前に反応を予想していたらしい。目もくれずにうなずいた。
「はい、本人たっての願いだそうです。一日も早く海へ戻りたいと」
「しかし、相当な重傷だったと聞いている」
「ええ、先月退院したばかりです。私も直接本人へ会って参りましたが、不調には全く見ませんでした。何と言いましょう。不気味なほど平静でした」
「……よもや死に場所を求めているわけではないだろうね? 悪いが、彼と心中してやれる兵はおらんよ。何しろ、どこもかしも人手不足だ」
「それはないかと――」
大井はこれまでの戦歴から、そのような結論を出していた。件(くだん)の士官は死に場所を求めるどころか、生存を第一にしているようだ。そして確実に敵を血祭りにしている。彼が任官した部隊は、かつてないほどの戦果をたたき出すことで有名だった。
「今回の任務の特殊性を鑑みますと、彼は適任です。なにしろ、あのハワイ沖海戦の生き残りですから」
「そうか……もっともなことだな。忠君報国は望むところだが……。北米航路は娑婆の空気とはことさら遠くなる海だ。
「はい」
大井は一礼すると、長官室を後にした。
廊下の窓から港に停泊する艦艇群が見えた。そのうちの一隻、海防艦がちょうど舫いを解いて出港するところだった。哨戒任務だろう。昨年まで近海に潜む魔獣のせいでまともに漁業ができなくなっていたが、EFの徹底した掃討作戦により近頃ではめっきり被害が減っていた。つい数ヶ月前から築地では競りが復活している。
「はたして……」
彼は思った。果たして、あの大尉に残すものなどあるのだろうかと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます