南雲機動部隊(Nagumo task force) 4

 発射命令から、実際に主砲が火を噴くまで時間がかかった。何しろ相手は宙を浮く謎の玉だ。これまで砲術科の兵員が想定していた目標艦船と勝手が違う。


 急遽、後部射撃指揮所で儀堂は巨大な接眼レンズをのぞき込んでいた。後部艦橋最上部に備えられた九八式方位盤照準装置だった。照準装置は指揮所の中心にあって、それぞれ向き合うように4つ接眼レンズ用の座席が備えられていた。儀堂が座っているのは、本来ならば砲術長の席だった。


――全く不可解にもほどがあるだろうに。


 オレが砲術長の代理とか何かの冗談かと思った。新任で江田島を卒業したばかりの少尉が花形の配置につくなど、今の儀堂からすれば悪夢以外何物でも無かった。しかも敵はわけのわからん黒い玉だ。


 毒づきながらも儀堂は砲術士官として成すべきことを行っていた。班員に対して目標への照準を命じ、主砲発令所にある射撃盤機械式演算器が弾きだした諸元データを伝達する。極限状態にありながら、儀堂は理性的な思考を維持していた。彼の中では精神的な変異が起こっていたのだが、それを自覚するようになるのはしばらく後のことだった。


「目標距離13000一万三千メートル、高度220二百二十メートル! 射撃準備良し!」


 準備万端となり、儀堂は叫んだ。


「主砲発射!」


 腹をつくような衝撃と轟音、巨艦が揺れる。八つの砲身が咆哮し、火炎を噴き上げた。35.6センチ砲にとり、1万メートルは至近と言ってよい距離だった。弾着まで十秒もかからない。


 儀堂は照準装置のレンズを通し、戦果を見守った。今や敵と認識された黒い球体は、こちらの反撃に対して抵抗すること無く、ただぷかりと空中を漂っている。最初の光弾のような攻撃を仕掛けてこないのが不気味だった。


「もしかして――」


 仕掛けてこないのでは無く、仕掛けられないのかと思った。主砲の装填に時間がかかるように、あの光弾も次弾を撃つまでに準備が必要なのかもしれない。もしそうならば、ヤツが仕掛けてくる前に損害を与える必要がある。


――三式弾でやれなかったら、どうする?


 そう思ったときだ。目標付近で巨大な閃光が撒きちらされた。三式弾が到達したのだ。三式弾は球体付近に近づくや、信管を作動させ、焼夷榴弾をばらまいた。無数の炎と鋼鉄の破片に球体が包まれる。


「こいつが三式弾……」


 実物を見たのは初めてだった。空を覆う火花に圧倒された直後、儀堂は言葉を失いかけた。あの球体が全く動じずに浮遊していたからだ。


「クソが……」


 <比叡>に続き、<霧島>の三式弾が降り注ぐ。しかし結果は同じだった。

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