第10話 両親の罪

 両親の罪の全てを被るように、声が張り付き上手く話せないと、シャルルは指をさす。


「リュック・スンドグレーン伯爵」


 吐き出した名前にシャルルはへたり込む。


「お二人は陛下を裏切った。姦通罪の罪で二人を拘束しろ」


 ユーグの命令に控えていた近衛たちはお互いの顔を見合わせ、動きが鈍い。誰よりもフランシスに忠義を通していると思っていた男と、聖女だ。慈母だと崇めていた王妃の醜聞ともいえる罪状だ。にわかに信じがたい。

 近衛たちの気持ちもユーグはわかる。今だってなにかの間違いであって欲しいと思っている。


「余も、信じたかった。余の子は黒目黒髪以外はあり得ないんだ」


 歴代の王は黒目黒髪。そのことをカロリーヌが知っていれば、シャルルの父親はフランシスだっただろう。

 へたり込みながらも自分を睨み付けるシャルルに、無表情のフランシス。カロリーヌは血の気が引くように青くなっていく。

 リュックは深く息を吐き出し、カロリーヌらしくない失態を演じていると彼女から目を逸らした。


「フランシス、まさか私が王妃と不貞の関係だと邪推しているのか?」

「それは……いくらなんでも酷いですわ!」


 なにを言われようと、シャルルが証拠だ。カロリーヌによく似た容姿であるせいで、わかりにくいが、シャルルとリュックには同じように右側に泣き黒子がある。

 信用し、心を許している相手だっただけにフランシスの胸の内は複雑だ。シャルルが産まれてからこの気持ちにけりを付けるにはどうしたものかとずっと人知れず悩んできたのだ。

 実の子であるリュカを顧みることも忘れて。

 事実無根だ。言いがかりだと喚く二人にフランシスは表情を取り繕うこともない。


「今まで黙認していただけのこと。だが、それは今日までだ」


 カロリーヌへの愛情はただの情へと変わり、今では憎しみも混じっているのではないだろうか。


「今日までって……そんな事実ありませんわ」

「だ、黙れ! 母上様のせいで、兄上様は……」


 シャルルの震える背をユーグが優しく撫でる。


「リュカへ『竜の肉』を喰らわした件だが」

「お待ちになって。それは私ではありませんわ。スンドグレーン伯爵の事だけでなく、それすらも私に擦り付けようというのですか!?」


 真っ直ぐと見据える彼女の視線に嘘はないように感じるが、それがカロリーヌの手だと、フランシスは彼女から目を逸らす。


「余を『傀儡の王』と侮るな! 我が子を、マリーの子を疎んでいたことは事実。『竜の肉』を簡単に手に出来る者がそう多くいるわけがあるまい」

「私に『竜の肉』を手に入れる縁などありませんわ!」

「ふざけるな! 皆がお前を称えていたと聞いている」


 フランシスとカロリーヌの言い争いに周囲の目が向く中、リュックは動きの鈍い近衛の目をかいくぐるように、静かに部屋から抜け出す。


「それは……でも、身に覚えの無いこと! 疑われるだけでも身が裂かれそうですわ」

「ならばその身を裂いて罪を暴こうではないか」


 フランシスの眼光が鋭くカロリーヌを射貫く。いつになく自分を出すフランシスにカロリーヌは気圧されてしまう。

 今まで『傀儡の王』だった男の命令に動きの鈍かった近衛も動き出す。

 フランシスの言葉にカロリーヌが一言足さなくては動かなかった者達が。カロリーヌを聖女だと敬っていた者達が手のひらを返したように彼女に厳しい視線を向ける。中には信じられないといった表情を浮かべている者もいるが、国王の言葉は重く、疑惑は確信となって広がっていく。


 リュカが目を覚ましたという報よりも、王妃カロリーヌが拘束されたとの報が、早く王城に広まったのではないだろうか。王家の醜聞ともいえるこの事態を広めるつもりは毛頭無い。

 項垂れるフランシスおいて、シャルルが箝口令を敷く。今はまだ城の外まで話を広げるべきではないと考えての事だ。

 リュックが逃げ出したことも懸念の一つとなっている。彼が城を出たという報告はない。この広い王城の中で人を探しだすのはなかなか大変だが、疑わしき男を自由にしておく理由もない。


 開かれていた王城の門という門は全て閉じられ、出入りに制限が設けられた。

 すぐにでも外へと思っていたリュックは出鼻をくじかれたようなものだ。宰相職としてあてがわれていた部屋も既に押えられ、彼に行く場所はない。

 逃げている二人だからこそ、同じような場所にいたのだろう。

 リュックの目の前で震えるように立っている罪人のように髪の短い赤髪の娘が誰なのかすぐに悟った。


「お前は……オーロルだな?」


 どう返事を返そうかと迷っている間に、二人の近くを兵士が過ぎる。兵士の姿にリュック以上に体を強張らせるオーロルに、リュックはイイモノを見つけたとばかりに彼女の腕を掴む。


「きゃっ……! なにをす」

「黙れ。見つかるだろう」


 嫌がるオーロルを引きずるようにリュックは城の中に身を隠す。オーロルも目の前の男が何者かわからないまま、逃げられるならと黙って従うのだった。

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