第9話 出生の秘密
リュカが目を覚ましたといいう報はあっという間に、城内に広まった。リュカの部屋の爆発もだ。そのせいもあったのだろう。リュカの近侍の謹慎明けに合わせるように目を覚ましたことから、いわれのない憶測までも飛び交う。それは当のリュカの耳に入るようなことはなく、ダミアンも噂を気にするようなことはなかった。
噂を立てられるのは今更なのだ。ただ寝ているだけでも変に噂が立つ。どれだけ暇を持て余しているのだと、苦笑したことは数知れない。
フランシスのこの呼び出しもリュカが目覚めたと、シャルルに課せられた事への時間切れということだろう。
フランシスの私室へ入ることは緊張する。それでも、呼び出しに応じないわけにはいかない。予想される霊廟での話の続きは、シャルルにとっては気が重く、出来る事ならば避けたかった。
室内ではカロリーヌがフランシスを責め立てていた。いつもの光景とシャルルは黙って部屋の端で待つ。
「いい加減にシャルルを皇太子とお認めになってください」
「それは出来ない」
「あなたの後継者としてシャルルには十分な教育をしてまいりましたわ」
この時のフランシスはいつもとは違った。「出来ない」「ダメだ」としか言わなかった彼から放たれた言葉にカロリーヌは言葉を詰らせる。あまりにも突拍子のない言葉に、想像が出来なかった。
「そもそもシャルルは王子ではない」
「なにを馬鹿なことを言うのですか!」
「馬鹿な、とは……本来、王の子は皆、黒髪黒目で産まれてくるのだ。だが、シャルルの姿は」
「シャルルはこの母、カロリーヌにそっくりだ、というだけですわ!」
ヒステリックに叫ぶカロリーヌの姿のどこが聖母なのだろうかと、シャルルは頭の隅に浮かべた。彼女の本性の一端を知ってしまったからこそ、余計に鼻につく。
「余はシャルルと話があるのだ。席を外してくれ」
面倒くさそうに吐き出されたその言葉に、カロリーヌの癇癪は酷く荒れる。
「世間はシャルルを皇太子と見ていますわ。フランシスだけがシャルルを蔑ろしておりますのよ!」
母の金切り声は耳に残り嫌な気持ちになる。これ以上は聞くに堪えなかった。
そもそも、皇太子の件はいつも堂々巡りとなり長くなる。付き合ってはいられないと、シャルルはカロリーヌを宥めるように前へ出る。
「皇太子を指名できるのは国王陛下のみです。母上様や世間ではありませんよ?」
「シャルルまで! あなた以外に誰がいるというのですか!?」
リュカの事など、はじめから考えていない。カロリーヌだけではない。魔法使いのリュカでは……と、誰もかれもが思っている。
「僕でないことは確かです。さあ、母上様」
部屋の外へと追い立てるシャルルに、カロリーヌは聞き間違いを正すように問いただす。
「シャルルではない、とはなんですか!? 貴方以外にはおりませんでしょう!」
口を滑らせたと、取り繕いながらカロリーヌを追い出そうとする。なにも知らなければ、母上様と無邪気に甘えられたと、恨み言が浮かんでは沈む。母であるカロリーヌへの反発心は、もうずっと前からあったのだ。今更なにを甘えようと思っていたのだろう。
「シャルル。丁度いい。カロリーヌにも話を聞かせよ」
フランシスは立ち上がり、先に歩き出す。フランシスの私室でなく、執務室への移動にシャルルは不安で押しつぶされそうだ。緊張の為に吐き気まで込み上げる。
青い顔をしているシャルルを心配そうにユーグが労る。これから何の話があるのか二人は知っている。緊張しないわけがない。
執務室ではリュックが、フランシスを待ちわびたと言わんばかりだ。国王承認を待つ書類が累々と溜まっている。が、フランシスはそんな事をするために執務室へ来たわけではない。
彼らにしてみれば唐突なものだ。『傀儡の王』と揶揄していた人物が自ら動き、シャルルに報告を求めた。今までに見たことのない姿だ。
「シャルル。報告を」
フランシスのそのたった一言が重たかった。シャルルの将来が今決まるといっても過言ではないのだ。報告などしたくないと逃げ出したかった。リュカの氷のような表情を思い浮かべ、心を締め付けられる。今の自分はリュカの犠牲の上に成り立っているのだと、口が重い。
「……陛下の、ご想像通りでした」
声が震えなかったと安心したのも束の間だ。フランシスは残念そうに微笑む。自分の罪を自分で暴かせるとは残酷な人だと体が震える。
「そうか。残念だ」
霊廟でシャルルに告げた事柄の裏付けを取るように、自ら命じていたはずなのに、フランシスは傷を抉られるように苦しかった。
どこかで、間違っていると、言って欲しかったのだ。
カロリーヌへの気持ちなど、とうに無くしていたが、情だけは残っている。
「はい……それで」
「公表する。二人の処遇は」
カロリーヌもリュックも何が報告されているのかわからない。
「これを公表しては、王家の威信に関わります! 今まで通りでは駄目なのですか?」
「それではこの国は滅んでしまう。シャルルが、お前がいるせいで……」
決してシャルルが悪いわけではない。フランシスが毅然とした態度で、『傀儡の王』でなければ、そもそも事は起きなかったはずだ。
「……はい……。僕が産まれてきてしまったばかりに、リュカ皇太子を苦しめ、陛下にも……」
謝罪の述べるシャルルの声に覇気はなかった。
「お待ち下さい。今、何を?」
シャルルの言葉に違和感があった。リュックは聞き間違いだと、シャルルを見据える。
「今、リュカ皇太子と言われませんでしたか?」
聞き捨てならない単語だ。魔法使いの卑しい王子が次の国王になることは到底認められない。
「皇太子はシャルルのはずですわ!」
血相を変えてカロリーヌが叫ぶ。ずっと、シャルルを皇太子にするのだと育ててきた。リュカへの嫌がらせもその為のものだ。
「うるさい! 罪人ども!」
睨み付けてくるシャルルにリュックは眉を寄せる。この期に及んで罪人呼ばわりされる覚えがない。
「シャルル」
フランシスの声はよく通り響く。
子に親の罪を暴かせようとするフランシスからユーグは顔を背ける。
「僕の父は……」
言い淀むシャルルにフランシスは先を促す。
フランシスが王である限りは、シャルルはなにも罰せられない。シャルルの処遇を決めるのは次代の王だと、フランシスは言ったのだ。
今はその言葉を信じるしかない。
あの優しい兄王子だ。シャルルを悪いようにはしないだろう。誰よりもリュカの事を心配してきたとの自負がある。シャルルの知るリュカは自分には甘い男だ。なにをしても許してくれる。子供の頃からそうだった。
だけど、実の母と父の事は違う。
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