第2話 王子は一人しかいない

 母カロリーヌがどうしてリュカにあそこまでの憎しみを向けているのか、シャルルはずっと気になっていた。

 愛人の子だから?

 シャルルと王位を争う相手だから? 

 それだけなのだろうかと疑問だ。リュカの母であるマリーは既に亡くなくなっているのだ。後ろ盾のないリュカにどんな脅威を感じているのだろう。

 第一にリュカは魔法使いだ。王子の地位はあっても、魔法使いが国王になれるわけがないと、カロリーヌがシャルルに話していた。

 リュカが王になれないのであれば必然的に次期国王はシャルルだ。カロリーヌがリュカに憎しみを向ける必要など無い。一体なにが気にくわないのだろうか。


 園庭から着飾った年頃の令嬢たちが立ち去って行く。カロリーヌの眼鏡にかなったシャルルの妃候補たちだ。上は侯爵家、下は伯爵家と国中から選び抜かれた彼女たちは自分こそが王妃になるのだと、目をギラギラとさせている。

 そんな彼女たちがシャルルは苦手だった。

 苦手でも、将来はその中から一人を決めなくてはいけないと思えば胃が痛くなる思いだ。


 リュカのように城を出たいと思ったことは数知れないが、カロリーヌが許すはずがなかった。せめてフランシスと同じように王立学園ブーゲンビリアで学びたいと言っても、彼女から許可を取ることは出来なかった。

 フランシスのようにシャルルに変な虫が付いてはいけないと警戒するのは当然だろう。フランシスに進学をしたいと泣きついても、シャルルの教育はカロリーヌが決めると取り付く間もなかった。


 令嬢たちを招いた茶会の後、カロリーヌはいつも一人で過ごしていた。次の茶会にも参加させる意義のある者がいるのか、洗い直しているのだ。

 令嬢たちが立ち去った事を確認してシャルルは、カロリーヌの前に出る。その眼差しは母に向けるようなものではない。

 カロリーヌは親の仇討ち相手を前にしたように険しい眼差しを、思春期を拗らせた長い反抗期と捉えていた。思春期という年齢はとうに超えているのにだ。


「母上様!」


 シャルルの鈴を転がすように可愛らしかった声は、もうすっかり男のものとなっていた。時が経つのは早いと、やかましく喚く息子の姿に時間の流れを感じてしまう。

 老いは誰にでも平等に訪れるといってもカロリーヌは、まだまだ若さを保っている。思春期を過ぎた子がいるとは思えぬ容姿だ。それでも若さに嫉妬してしまうのは女だからだろうか。


「兄上様の部屋にあるあの絵はなんですか!」


 絵を見て興奮しているように見えるシャルルにカロリーヌは満面の笑みを向ける。彼女にしたらあの絵は褒められてこそのものだ。シャルルもあの絵の素晴らしさをわかってくれたのかと嬉しく破顔してしまう。


「あの悪趣味な絵を早く外してください! 母上様の命令でなくては誰も動かない」


 何よりも愛おしく、大事に育ててきた息子に、悪趣味と言われたことにカロリーヌは溜息を溢す。次期国王となるべく育ててきたのだ。どんな些細なものでも良い物を与え、素晴らしいものを見せてきたはずだ。

 あの絵の秀逸さをわからないはずがないだろうと、情けない。


「あれはリュカ王子のために描かせたものよ。外しません」


 シャルルは自身の激高を押えるように手を握る。どれだけ強く握っているのかその手は白い。


「あの絵のどこが兄上様のためなんですか? カレンデュラに現われた『金色の竜』の話を聞けばあんな絵を飾れません」

「だからですわ。『古代竜』を倒したのは『金色の竜』になったリュカ王子でしょう」


 カレンデュラの街が壊滅した理由は確かにリュカにあるが、その引き金を引いたのは王都から派遣された騎兵団にあった。古代竜を倒したリュカに弓を引いた者がいるせいで、事が起こったといっても過言ではない。

 彼を庇うように兵士が、リュカの恋人とされる人物が矢に射貫かれたせいだと報告が上がっていた。

 原因はカロリーヌにあるとシャルルは思っている。リュカに害をなす者はいつだってカロリーヌを崇拝している者たちだ。


「語られ続ける話が真実となるのですよ。シャルルも執政者となるのですから目を瞑ることも覚えない」


 ピシャリとこの話は終わりだとカロリーヌは立ち去っていく。

 いつまでも子供である自分が情けないと、シャルルは母の背を睨む。自分までもがフランシスと同じように、母の人形として生きていくしか道がないのかと、先が見えない。

 いつだったか父フランシスの溢した言葉が思い出される。


 ――王子は一人しかいない。


 あれはどういった意味があるのだろうか。

 兄王子のリュカをフランシスは王子ではないと言っているのだろうかと、寂しく落胆したのだ。

 と、同時にその言葉の重みにシャルルは潰されそうだった。カロリーヌからはことあるごとに皇太子としての自覚を持てと囃したてられ、フランシスからはなにも言われない日々を過ごしてきたのだ。

 母の操り人形だけにはなるまいと、思っていても周囲はそうではない。カロリーヌの影響力は大きく、彼女は常にこの国の女王として君臨しているに等しい。王子であるシャルルの言葉に耳を傾けるのは全てカロリーヌのためだ。

 シャルル自身を見て、彼の言葉を聞く者はいないに等しい。このままでは駄目だと思っていても、打開策が見つからずにいた。

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