第79話 「紹介する。俺の彼女の……」
エディシャンから少し離れたところにある公園。
後ろを振り向かずただまっすぐ目的の場所へと向かい歩く男性。
その男性のあとを同じく無言で、しかし目付きだけは鋭く背中を睨みながら歩く女性。
孝太郎と青海川である。
目的地の公園に辿り着くと、孝太郎は人気のない場所で立ち止まった。
そしてゆっくり振り向き、明らかに機嫌の悪い青海川と対峙する。
「なに?こんなことじゃなくても話ならできるんじゃないの?」
不敵な笑みを浮かべ睨み付ける青海川。
機嫌の良し悪しは過去の付き合いでわかるが、その不敵な笑みの意味するところは孝太郎にはわからなかった。
それほど青海川は、孝太郎の知っているかつての青海川とは何かが違っていたのだ。
「令和が……亜弥華って言った方が馴染みがあるかしら?無事に朝の撮影に来たわ。よっぽど彩音ちゃんのことが心配でたまらないみたいね」
「亜弥華のことは知らない。彼女が勝手に消えて、今日の仕事に現れただけだ。俺はなんの連絡もしていない」
「またまたぁ、よっぽど保身に走ったのが恥ずかしいの?そんなに彩音ちゃんにバラされたくない?」
青海川は勝ち誇ったように笑いだすと孝太郎に詰めよりじっと彼を見上げた。
「私が言いたいことはわかってるわよね?私達、最初からこうなる運命だったのよ。亜弥華を通じてこうして再会したこの事実が運命じゃなくてなんだっていうの?」
「違う。俺とお前は別れる。それが運命だったんだ」
「違わない。また出会って愛し合う。それが私達の運命よ」
「違う」
「違わない」
お互いにらみ合い一歩も退かない。
よりを戻したい青海川と決別を願う孝太郎。
「青海川、はっきり言っておく。お前とはもう終わったんだ。また一緒になることなんてない」
「まだ再会したばっかりなのに、ずいぶんと冷たいじゃない」
「ねちねちした男は嫌いだろ」
「まぁね。よくご存じで」
一切笑うことなくお互いに言葉だけを重ねる。
「青海川、もう一つ言っておく。俺には好きな女性がいる。だからということはないが、お前の気持ちには答えられない」
「ふふ、だからなに?そんなのどうでもいいわ」
それを聞いて青海川から睨みあっていた目線をはずした。
青海川は孝太郎の本心を彼自身から面と向かって突きつけられ動揺し、同時に腹のそこからぐつぐつと沸き上がる怒りに歯をくいしばる。
「あんたと別れてから、私の人生ボロボロよ!」
青海川がいきなり大声をあげ、孝太郎に怒鳴りだした。
「私だってね、こんなやり方したくないの。こんなの私じゃないってわかってる。わかってるけど、仕方ないの。伊藤に一言謝らせたいの。『俺のせいで青海川の人生、ボロボロだ。ごめん』って」
前触れもなく激昂した青海川を前に孝太郎は何も言わずただ立っていた。
普段なら急に詰め寄られて過呼吸で倒れることになるのだろうが、今は相手が青海川だったこともあり冷静に話だけを聞いている。
「ねぇ、私が別れ話を持ちかけた時のこと覚えてる?」
その質問に孝太郎はなにも返さなかった。
青海川は今にも孝太郎を殴りそうになる自分を抑えながら、ゆっくりと話し出す。
「別れてしばらくしてから、みんな白い目で私を見始めた。最初は私の勘違いだと思ってた。でも、気づけば周りの視線が怖くて、こそこそ話してるのも私のことじゃないかって気になって仕事もまともにできなくなった。私はフラれたんじゃない!私がフッたのよ!私があんたをフラなきゃ二人ともダメになってた!あれは正しい判断だったの!なのにどうして私があんな目でみられなきゃいけないの」
当時の孝太郎と青海川の間に何があったのかは二人しかわからない。
「ねぇ、私を見て。もう一度私を見て。あの時乗り越えられなかった問題も今ならきっと二人で乗り越えられる」
「いや、無理だ」
青海川の必死の叫びに、孝太郎は冷たい言葉を投げ掛ける。
その冷たい態度に青海川は気が動転し孝太郎の服を強く握りしめた。
「む、無理じゃないわ。私がいれば伊藤は二度とあんな目にあわない!今の私なら絶対守ってあげられる」
「無理だ」
そう言って孝太郎は青海川を冷たく突き放す。
そして青海川から視線を外し、彼女の後ろを見た。
同時に青海川もただならぬ気配を感じ振り向くと、そこには一人の若い女性が腕をくんで立っていた。
風にさらさらとなびく黒髪に趣味の悪い柄のチョーカー。
タイトな白シャツにネクタイをつけ、ホットパンツに黒タイツという少し変わった格好の女性。
「紹介する……彼女は俺の……」
口ごもる孝太郎にその女性から恐ろしいまでの冷たいアイコンタクトが送られる。
それに耐えかねた孝太郎は一つ咳払いをし視線をはずした。
そして青海川の目を見て訴えかける様に静かに口を開く。
「紹介する。俺の彼女の……鴻野山莉歌だ」
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