第80話 「だって同業者だもーん」

「……はい?」


 突如現れた女性のことを彼女だと言う孝太郎。

 青海川は眉を細めながら孝太郎の方へ振り返りながら不機嫌な口調で改めて問いただした。


「……彼女?」


「そうだ。彼女の……鴻野山莉歌だ」


「ねぇ、いつからそんな笑えない冗談言うようになったわけ?伊藤が嘘ついてるなんて顔見たらわかるんだけど?」


「冗談じゃないわよ」


 そう言って彼女と紹介された莉歌は風を切るようにすたすたと歩きだし、青海川を見下ろしながら横を通過すると孝太郎の側に立つ。


「はじめまして、青海川千秋さん。色々とお話は聞いてるわ」


 莉歌は青海川をちらっと見て挨拶したあと、孝太郎の顔を見上げてクスッと微笑む。


「孝太郎君の言う通り、私は彼の恋人よ。ね?孝太郎君?」


 本来なら青海川に向かって言う台詞だが、莉歌は敢えて孝太郎に向かって彼女宣言をした。

 その行為に一瞬ひきつった孝太郎だったが、精一杯の作り笑顔で場を誤魔化す。


「あらあら、可哀想に。莉歌さんでしたっけ?あなたもこの男に騙されてるのね」


「騙されてる?」


「いいわ、せっかくだから教えてあげる。この男はね、金のためなら好きでもない女に近づいて、その気にさせて、相手の好意なんて無視して簡単に捨てるような人間のクズなのよ」


 青海川が勝ち誇ったように笑い出すと、莉歌は目をうるうるさせながら孝太郎を見上げる。


「ほ、ほんとなの。孝太郎君」


「……あぁ、ほんとだ」


 その孝太郎の返答を聞いてにやりとする青海川。


「だから莉歌さん。こんな男とはさっさと別れた方が身のためよ。いいえ、騙されてるんだからさっさと別れなさい。そして二度とこの男に近づいてはダメ」


 一歩、また一歩と莉歌は後退りし孝太郎と距離をあける。


「酷い!私との今までは全部嘘だったの?」


 いきなり大声で叫ぶ莉歌。


「あぁ。全部演技だ」


 突き放すような孝太郎の冷たい台一言に、莉歌はその場で大声で泣き叫びながらしゃがみこんだ。


「酷い、酷い、酷い!あんなに愛し合ったのに!ずっと好きだっていってくれたのに!全部嘘なの!?」


 泣き叫ぶ莉歌を憐れに思いながら、青海川は内心笑いを堪えるので精一杯だった。


 しかし、その泣き声は徐々に聞き取りにくくなり、いつしか莉歌は肩を揺らしながら笑い始める。

 そして大きな背伸びと共に立ち上がると、にんまりとした笑顔で孝太郎に話しかけた。


「あー面白かった。まぢで爆笑だわ、こいつ」


 孝太郎は莉歌の問いかけにそっぽを向いて無視を決めつける。

 その仕草をゲラゲラ笑いながら、莉歌は青海川の前に立った。


「ってか、知ってる」


「へっ?」


 唐突な一言に理解が追い付かない青海川。


「いやいや、孝太郎君のしてることがサイテーなことっての最初っから知ってるから。でも私からしたら全然かわいい方だけどねー」


「知ってるからって。何?どうゆうこと?」


「だって同業者だもーん」


 その一言で固まる青海川 。

 先程までの勝ち誇った彼女の姿は莉歌の一言で完全に姿を消した。


「お互いのしてることを十分理解して協力しながら愛し合ってるの、私達。ね?孝太郎君?」


 その台詞に青海川は更に凍りつき、孝太郎は莉歌に嫌悪の眼差しを向けた。


「青海川さんだっけ?二人だけで話がしたいんだけどいいわよね?」


 莉歌はにやりと口角をあげながら青海川へ近づくと、目線を合わせるようにしゃがみこむ。


「いっぱい聞かせてあげる。あなたが聞きたくない話」


 青海川の顔をまじまじと見つめながら話す莉歌に、青海川は得たいの知れない恐怖を感じ始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る