~ヒロイン~ 9

「どうでしたか?」

 バーエタニティーのカウンター席で、真樹はスコッチを一口含み、そう問い掛けてきた進士の方を眺める。

 真樹は思う。人の愛というものは、時として生きる力にも、傷付ける刃にもなる。それは紙一重だが、その想いが第三者の気持ちをも動かすことがある。そして、運命の道筋がそこで違う方向に向かっていったとしても、それが新たな奇跡を起こすこともある。

「今日の酒は特別に美味い。これじゃ、答えになっていないか?」

 進士は「いえ、それで十分理解できます」と笑みをこぼす。

「佐原さんはマティーニ、山野さんはキッス・イン・ザ・ダークか」

 キッス・イン・ザ・ダークはマティーニにチェリーブランデーを加えたものだ。レシピの違いは僅かにそれだけだ。数あるカクテルの中で選び出された二つ。偶然か必然かは分からないが、真樹にはなんとなく、二人の目には見えない繋がりのような、「赤い糸」のようなものが感じられたのも事実だ。そして…。

「本来なら山野さん一人だったはずのヒロイン。ただ、そこに関わった人たちの決断が、佐原さんと由衣さんを結びつけ、二人目のヒロインを生んだ。なんだかよく出来た映画みたいだったな。私にもさすがに、ここまでは想像できなかった。進士もそうだろう?」

「はい、私もです」

 真樹からは、進士の表情が普段よりも嬉しそうに見えた。

「なあ、進士」

「はい」

 真樹は横目で進士の様子を伺いながら訴える。

「来月、甲子園行かないか?信愛学園の試合を見たいだろう?」

 真樹の提案を進士は冷静に受け流す。

「来月にお休みできそうな日はありませんよ。お店の営業はどうなさるんですか?」

「ええ!一日くらいあるだろう?」

「いえ、ありません」

 ばっさりと切り捨てられて、真樹は口をとがらせて、ぶつぶつ文句を言っている。その反応に対し、進士の中で温情が湧いてしまった。

「もう…しょうがないですね。ちょっと調整してみます」

「よーし!炎天下の中で生ビールだ!絶対美味い!絶対美味いぞ!」

「試合を見るのが目的ですよね?」

 進士の追求に「しまった」と呟いた真樹は、そのまま固まった。

 「呆れた」と言い、進士は渋々、予約帳を手に取った。そして、どこか休めそうな日を探す。

「あの、一つ疑問に思ったのですが?」

 真樹は苦笑いを浮かべる。

「あのさあ、進士は見た感じは綺麗なんだから、もうちょっと何というか、柔らかい話し方はできないのか?固いんだよなあ、進士のしゃべり方。まあ、いいや。それで疑問って何だ?」

 真樹の話し方への指摘は無視して、進士は核心に触れた。

「まずは、組み合わせ抽選会で信愛学園の試合日を確認するのが先では…」

 真樹はハッとして、またその表情のまま固まる。

進士はもう一度「呆れた」と呟き、もう真樹を相手にはせずに、再びグラスを磨き始めた。

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