~ヒロイン~ 7

 真夏の暑い日だった。空からはこれでもかと言わんばかりの強烈な日光が、じりじりと地表に降り注いでいる。風も生暖かい。あの事故からもう十年が経とうとしている。車いすの生活にはとっくに慣れた。買い物に向かうため歩美は「行ってきます」と母に告げてから家を出た。

 歩美の父は二年前に他界した。今は母との二人暮らし。相変わらず独身のままだった。父が亡くなってからは所有していた家を引き払い、福井県へと引っ越した。それは歩美にとって佐原と出会った最初の場所であることも理由の一つだったが、何よりそれまで過ごした土地の中で一番自分に合っていると思い、母に頼み込んで移住してきたのだった。


 十年前のあの日、歩美は会社の階段から転落し、病院に入院していたが、意識が戻るまでの間、不思議な夢を見た。それまでずっと想いを寄せていた佐原と再会する夢だった。歩美にとってそれは死ぬ間際の「走馬燈」かと思ったが、何とか命は取り留めていた。


「山野様」

 玄関を出た歩美に一人の男が近づく。男の向こう側に黒色のセダンが停車していた。歩美は警戒しながら、いつでも家の中に戻ることができるよう身構える。その男は「ご無沙汰しております」と頭を下げた。

「私はこの人に会ったことがある?」。そう言われれば、何処かで見たことがあるような気がする。

それまで眠っていた記憶が脳内で一気に弾ける。

「真樹さん…ですか?」

「覚えていてくださり、嬉しく思います」

 懐かしい記憶が一瞬にして蘇ってきた。あの日、病床で見た夢は、夢ではなかった。実際に歩美は佐原に再会していた。あの出来事を何故、夢だと思い込んでいたのだろうか。

「それで、今日は何かあったんですか?」

 真樹は胸ポケットから一枚の紙切れを手渡す。

「山野様、これはある方からあなたへの御伝言でございます。これをお渡しに参りました」

 歩美は受け取った紙切れを眺める。そこには「正午 県営球場」と書かれている。

「確かにお渡ししました」

「ちょ…、ちょっと待ってください」

 歩美は真樹に紙切れの意味を問いただそうとしたが、肝心の真樹は足早に車に乗り込み立ち去ってしまった。

 正午に県営球場…。しばらく考えて歩美はある答えに辿り着く。

「もしかして…」

 歩美は車庫に向かい、車に乗り込んだ。左半身不随だが、身体障害者用に改造されており、今では運転にも手慣れた。

 時間はすでに午後十二時を過ぎていたものの、歩美には確信があった。「時間はまだ大丈夫なはず」

 歩美は密かな期待を胸に自宅を出た。

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