~復讐の夜~ 1

 私はもう長くはない。それは何となく分かるものだ。命が尽きることはどうしようもないことであり、誰しもが逃れられないこと。ただ、私はまだ死ぬわけにはいかない。やり残したことが、一つだけある。


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 雪が降り始めた。最初は小さな結晶が落ちては消えるだけだったが、いつの間にかその面積が大きくなり、積もったアスファルトの道路を真っ白く染め上げていく。年末となり、寒さも一層、厳しくなってきた。真樹はそんな冬が好きではなかった。一度、空を見上げると、肩をすぼめながら、「あー、鍋が食いてえなあ」と嘆く。目の前に少しずつ店の姿が近づいてきた。十二月三十一日は、日本では大晦日と言われる。家族で夜にテレビ放映される紅白(男女)に分かれての歌合戦を見て、年を越すというのが例年の慣習なのだそうだ。

 不思議なものである。それは日本人だけではなく、世界中の人にも言えることだ。大晦日の日が特別ではない。生きている人間にとっては一日、一日がそれこそ大切な日なのだが、人間というものは日によって記念日や起点の日を作ろうとする。だからこそ、生まれるドラマもあるのだと言われれば、真樹は口を噤まざるを得ないのだが。

 年末年始は進士に休暇を与えた。珍しく「旅行に行きたい」と言い出したため、普段はほとんど休みなく働いてもらっていたことも考慮し、了承することにした。行き先はあえて訊かなかったが、恐らく今頃はシンガポールにでも行って、本場のシンガポール・スリングでも味わっているのだろう。

 そのため、年末年始の接客はすべて真樹が行うことになる。客が来る予定になっているのは、この日の一件だけだったが、やはり不安が先に立ってしまった。進士が出すカクテルというものは、いつもその状況にふさわしいものであり、味も一流だ。自分でバーカウンターの内側に立つのは久方ぶりで、「進士の代わりをするとなると、相当レベルが高いんだよなあ」と、また独り言を吐く。そして、真樹は頭の中でカクテルの記憶を呼び起こしながら、店の入り口をまたいだ。


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