~奇跡のターフ~ 7

「牧村は俺を怒るだろうな」

 ゲートインを終え、スタートを待つ僅かな時間。山城の胸に去来したのは、緊張感でもなく、これから始まるレースの事でもなく、ともに騎手人生を歩んできた親友のことだった。

 日本ダービーへの騎乗依頼は、本当に来た。牧村たちが出てきた、あの夢を見た翌日のことだった。

 調教師の田代も今では高齢となり、息子に後を継がせようと考えているらしい。ただ、田代にとってもダービーは夢の舞台。勝ちたくないはずがないだろう。今、跨がっている馬は遅めのデビューだったが、これまで三戦三勝。ただ、トライアルのオープンレースで何とか二着を確保した馬だ。人気も十八頭中で十番人気。田代はそれまでこの馬に騎乗していた若い騎手ではなく、山城に騎乗依頼を持ち込んだ。「今まで乗ってきた若い騎手に乗せてやってくれないか」とも伝えたが、田代は「お前に乗ってほしいんだ」と懇願した。

 これも運命か。

 牧村にあそこまで言った手前、「実はダービーに出ることになった」と言ったら、逆に怒られそうな気がした。どうだろうか。それとも、あいつは心から喜んでくれるのだろうか。


 ゲートインが完了し、目の前のゲートが一斉に解放される。

「さあ、行こう」

 山城は、そう馬に向かって呟いた。

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