リーネットレポート

天田蓮

第1話

No1


ーーー薄暗く先の見えない金属で囲まれた通路。弱々しい灯りを放つ電灯のみが道を辛うじて照らしていく中を妙齢の女性が一人、不安げに歩みを進めている。

その女性、リーネット・本谷・フロールはしきりに辺りを見渡しながら微かな物音にも過敏に反応し、まるで獣に警戒する小動物の様であったがそれでもパイプだらけの整備が行き届いていないであろう粗雑な通路を歩むことだけは止めずにいる。

リーネットは右手で湿り気のある壁を伝いながら何度目かの曲がり道を頭の中に記憶した地図になぞって進んでいく。

すると頑丈な作りの大きい扉が現れ、その隣に設置されている端末にリーネットは手をかける。

「……すみません、せんぱ…上司の紹介で参りました…フロールです。」

緊張で何秒か声が出せなかったがなんとか端末に語りかける。

十数秒後、静まり返った通路に似つかわしく無い轟音と共に扉が開かれる。

ゆっくりと開く扉の先には白衣を纏った女性が一人。

背はリーネットよりも少し大きい、160cm程だろうか。肩まで伸びた黒髪はあまり手入れをしていないのかぼさぼさとし目元まで覆っている。瞳を見ることは出来ないがその代わりかの様に大きな瓶底メガネが薄明かりを反射して自己主張している。

「あぁ〜お待ちしておりました。リーネットちゃん…ですよね?、わざわざこんな遠くまで悪いですね」

おっとりとした口調の少し低めな声がそう言う。

「私はここ、TIC脳科学機械応用科主任研究員の柏木智瀬といいます…よろしくです」

そう続けた智瀬は首にかけている社員証をこちらに見せてくる。TIC、とロゴが書かれたそれには確かに彼女が写っている。

「この部署、無計画に増築して放置されてる区画を利用してるので人気のないところを通らないといけないんですよねぇ」

そういう智瀬はリーネットに入る様に催促しながら中に戻っていく。

それに続くとそこには一層薄暗い区画に多くの利用用途が分からない機械がひしめき合っており、それを整備する肌露出の一切ない整備用にスーツを身に纏った研究員が何人か居た。

「………」

その光景に少し不気味さを感じつつも智瀬の後を歩いていくとそこには人が一人入るほどの機械が待っていた。

「まず、こちらにお着替えになってからこの機械に搭乗して下さい」

そう言って智瀬はリーネットに被験者用の服を渡す。

「えっ……と…着衣室は…?」

「あー…すみません…この部署、スペースが限られてまして…ここで着替えて下さい」

そう言い放つ智瀬にリーネットは心底不安そうではあったが渋々と着ている社員用スーツに手をかける。

上着、ワイシャツ、パンツスーツと一つづつ衣服を脱いでいき機械の低い駆動音に紛れて布の擦れる音が区画に響く。

「………っ」

肌を露出させる度、その頰は紅潮し熱くなる。

他の研究員は各々の仕事がある為こちらに気をかけている暇など無いと分かってはいるのだが、何故だか表情の見えない防護スーツ越しに視線を感じる様な気がしてどうしようもなく身体が震える。

「えっ……と…し、下着も…ですか?」

智瀬は応えない。が、ただその首を上下にゆっくりと振る。

「………」

リーネットは平静を保った表情をーーー本人はそう思っている真っ赤な顔をしながらブラジャーに手をかける。

黒いレースの付いたブラジャーのホックが外され、その乳房が露わになる。

外気に晒された事と羞恥心によって乳房の頂点はツンと自己主張をしている。

続けて同じく黒いレースのパンティをするすると脱いでいく。

羞恥のあまり手が震え足首に引っかかったパンティを取るのに少し手間取る。

「…っ」

脱ぎ終わるや否や与えられた被験者用衣服を素早く着用する。

側面が備え付けの紐で括られ肌が大きく露出しているのに若干の抵抗があったが、先程よりは幾分もマシと思い心を落ち着かせる。

「ありがとうございます…ではこちらへどうぞ…」

智瀬はそう言い目の前の機械に手招きする。

その顔は髪とメガネで上手く垣間見得ないがほんのりと朱に染まっている様に思える。

先程までのことは意識しない様にしながらリーネットは機械ーーー側から見ると大きな機械の棺桶の様であるそれに乗り込む。


ーーー


中はケーブルがまるで血管の様に入り乱れており、これまた用途の分からない機械がひしめく。

その中央に人が一人座れるほどのスペースと座席。

そこに腰掛け身体の四肢をまるで誘導されるかの様に備え付けられたコネクタに差し込み、頭にはゴテゴテとしたヘッドギアを付ける。

すると各部位にロックがかかりそれに応じて電子音が鳴る。

「おー……」

まるでロボットアニメのコクピットの様だ、とリーネットは思った。

そういえば以前今の部署に配属される前、一度だけTICの兵器開発科によって造られた二足歩行、恐らくは人型であったろうロボットを見たことがあったな…などといったことを思い出していたリーネットに通信が届く。

「………っー、あー…きこぇ…す…聞こえますかぁ〜」

智瀬だ。

聞こえます、と反応すると満足した様な様子の智瀬は続けて話しかける。

「では実験を開始しますので、リラックスして下さいねぇ〜」

「あっ…あの…」

「どーしました?」

リーネットは少し困惑した様に声を出す。

「あ、あの…この実験って厳密にはどう言ったことをするんでしょうか?」

智瀬はキョトンとし応える。

「えっ?聞いてないんです?」

「はい…せん…じょ、上司にはただここに来て実験に付き合えばいい…と」

それを聞いた智瀬の声色が変わる。

「へぇ…あいつ何にも教えてないんだぁ〜…ふーん…」

好奇心と加虐心を含む様な声音にリーネットは一抹の不安を覚えるがまるで発言を許さないかの様に智瀬はまくし立てる。

「これはですねぇ…現在確立している仮想空間の現実性を大きく高める事を目的とした装置なんですよぉ」

「主に脳に伝わる五感…それらを現実のものとほぼ同一にトレースする事を目的としています」

「現状の仮想空間における感覚の鈍性は主に技術不足による所がほとんどなのですが、高い現実性を得る事が出来ればそれは大きなビジネスチャンスになると思うんですよ。それでですねーーー」

段々と白熱し喋り続ける智瀬に嫌気が指しリーネットは話半分に聞いていく。

「ーーーと、いうわけで効率良く人間の感覚を観測するには性行為が最適だと……」

「…は?」

リーネットが声をあげた事に反応した智瀬は話を中断する。

「どうしました?」

「……いま…せ、性行為って…」

「はい、性行為です。折角なら快楽を得られる方がいいですよね?それに触覚や聴覚などの反応も全て観測出来ますし」

その言葉に絶句する。

「ただ性行為って言っても知らない人や嫌なシチュエーションで行うのも嫌ですよね。ですので高度脳波スキャンを行いその人が理想とする人物やら物やらを対象にします」

「……………えっ」

その言葉を聞きリーネットの脳裏に反射である人物が浮かぶ。

「ま、待って下さい!嫌です!外しーーー」

意識はそこで途切れた。



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