LEVEL40 / キーパーソン

 8月23日。勇斗達のゲーム感想文の合宿が行われる日であり、その日の午前中は学進ゼミの3回目の授業がある。


 お盆を過ぎても相変わらず暑い日が続く。最近のニュースといえば、政治とか経済とかよりもむしろ、猛暑を扱った天気のニュースの方が多い気がする。



 「今日、合宿でしょう?」


 朝8時。あまりの暑さに、朝からアイスキャンディーに手を伸ばす勇斗に対し、美香が尋ねる。


 「そう。でも、その前に塾があるから」


 ゲーム感想文を何とか終わらせたい一心で、学進ゼミの体験入学を「直談判」してから10日が経過した。そしてその間、何もかもが目まぐるしく変化した気がする。



 勇斗はもはや「どこにでもいる生徒」ではなかった。学校の教師は彼の「ゲーム感想文」の完成度に賭けているし、塾もまた「自分達の塾の広告塔」である。


 むろん、本人はそのことにまだ気付いていないのだが……



 ▽


 午前9時50分。勇斗は「いつもの」授業を受けるため、学進ゼミ虎ノ口校に到着した。


 (まだ3回目なのか。というより「もう3回目」なのかな)


 よく考えてみれば、ここの授業はまだ2回しか受けていない。当初の約束は「4回か5回」だったから、実際には半分の予定も消化していないことになる。


 

 ――これ以上、教わる事ってあるんだろうか?


 実際に2回の授業で感想文は完成させることが出来たし、合宿でも過去2回、杉田から教わった内容を教えるつもりだ。


 それに、夕方から夜にかけて合宿があるのだから、なるべく今日の午前中~昼間はゆっくり休んでおきたかったという気持ちもある。



 「おはよう」

 「おはようございます」


 午前10時。いつもの教室に杉田が入ってきて、3回目の授業が始まる。


 

 「さて、何を教えようかな……」


 やはりそうか、と勇斗は思った。おそらく自分は「予想よりも早く」カリキュラムの内容を消化したのではないか?つまり「4回か5回」というのは、1回の授業で理解できなかった場合を想定した「おまけ」だったのではないだろうか?


 

 「あ、そうそう。龍崎、お前合宿やるんだよな」

 「ええ、実は今日の夕方からなんですよ」

 「えっ、今日なの?」

 「今日ですけど何か?」


 予想以上に驚く杉田の反応に、勇斗は逆に驚かされた。


 確かに、杉田には合宿が決まりそうという内容の電話で話した。


 ……そういえば、具体的な日程までは話していない。


 

 「で、どこでやるんだ?」

 「学校ですよ」

 「学校? マジかよそれ! 」


 ――何をこの人は一体、そんなに驚いているのだろうか?


 むろん、勇斗は学進ゼミナールでスタッフミーティングが開かれており、自分が「トロイの木馬」という役割を与えられようとは夢にも思っていない。


 

 「最初、友達の誰かの家でやろうと思ったんですよ。でも、友達の親が学校に連絡したら、学校の先生が学校を使っていいって言うんで」


 杉田にはそれが信じ難い内容らしく、


 「本当にそうなのか?」

 「本当って、嘘を言ってどうするんですか?」

 「で、何人くらい参加するんだ?」

 「えっと、確か7人です。自分も入れて」

 

 全て事実である。学校で合宿をすることも、そして自分も含め7人の人間が参加することも。


 

 「一体どうなってるんだ?」


 合宿の話をしたとき、何故か玉野から電話がかかってきて「学校を使ってもいい」という。


 そして今日、杉田には以前にも合宿の計画を話したにもかかわらず、いざ正式な日程と場所が決まった途端に「本当なのか?」と尋ねてくる。


 まるで自分の感想文の内容次第で何か問題が発生するのではないか、とでも言わんばかりの雰囲気に、勇斗は不信感すら抱くようになっていた。


  

 「まあ、この際だから言っておくけどな」

 「何ですか?この際って」

 「お前な、結構有名になってるんだよ」


 有名になっている……稔からも言われたことだ。


 どうやら自分がゲーム感想文を書けたということに対して関心を示している人間がいるらしい。


 確かに、当初は簡単だと思っていたゲーム感想文が実は難しくて、それでほとんどの生徒が終わっていない。


 それだけではない。ゲームに興味を示さず、勉強に励んでいる。「本来、優等生であるはずの」生徒が、課題の内容が書けないために「落ちこぼれ」に転落する危機さえ感じているのだ。



 「まあ何かな、いわば「キーパーソン重要人物」って奴だよ」

 「キーパーソン……ですか?」


 おそらく杉田の言っていることは事実だろう。


 自分が合宿の内容について「事実」を言った。そして杉田も含め、大人達も勇斗に対して今、事実を言ったのである。



 「そう。今のお前はもう、「普通の生徒」じゃないんだよ」


 普通の生徒じゃない……その言葉は勇斗にとって、良い意味なのか悪い意味なのかは理解できなかった。


 ライトノベル等によくある「異世界いせかい転生てんせい」ってわけじゃない。にもかかわらず、自分が何か特別な存在のように扱われているような気がする。


 

 「どういうことですか?それ」

 「皆、お前に注目してるってことだよ」

 「注目って、一体何ですか?」

 「ゲーム感想文を存続すべきかどうか」


 つまり、自分が如何にして感想文を書けるようになったか。そして、その方法は他の生徒にも当てはまるのかどうか。


 その内容次第でゲーム感想文という「実験的な課題」の存続意義が問われる状態になっているというのである。



 (何か大変なことに巻き込まれてないか?)

 

 大人達の中心に一人の少年がいて、彼を中心にストーリーが回っていく……小説や漫画の世界ならば「主人公の俺カッケー」と喜ぶことも出来るだろう。


 だが、今の勇斗が評価されているのは戦闘力や魔力といったものではない。あくまで「感想文の内容」だ。

 

 それは期待されている反面、彼の感想文の内容が悪ければ「失敗作」として扱われてしまう可能性もあるというのを意味する。


 

 「だからさ、こうなった以上は感想文を完璧に仕上げたい」

 「完璧……ですか?」

 「そう。「龍崎」じゃなくて「龍崎」になるんだよ」

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