タラレバ

PeDaLu

第1話

ある日、公園のベンチで妙な箱を見つけて中を開けてみたらスイッチが入っていた。



===1===



橘幸雄、17歳の高校3年生。学生時代に一度くらいは青春生活をしてみたいなぁ、、、

と夢見る、ごく一般的な高校生。


中学生時代。同じ塾に通っていた関口さんに恋をするも一度も話しかけることなく中学3年間があっという間に終わる。


高校1年時に開催された小学校の同窓会で初恋の人、藤原さんと再開するも話しかけられず、このまま終わるのかと思っていたところ

藤原さんの友人から解散間際に、なんで挨拶もしてくれないの?って言ってたよ、という奇跡の言葉を貰い有頂天になる。


互いに私立、藤原さんは別の学校で朝のバスが同じ時間、同じバス停を利用していたが、中学生時代から一度も話しかけたことは無かった。

というより、話しかけて無視されたら、、、と思うととても話しかける勇気は無かったのだ。

そこにあの言葉。一念発起して


「おはよう」


と一言。


藤原さんも


「おはよう」


と一言。


「やっと話しかけてくれた。嫌われているのかと思ってた」


「そんなことないよ。なんとなく恥ずかしくて」


「挨拶するのが恥ずかしいってどんだけよ(笑)」


しばらく一緒に通学して、楽しくお喋りして、これはいけるのでは?と勘違いを始めた自分は聞き出した藤原さんの誕生日に、置き時計をプレゼントなんてしてしまった。

今になって思えば、小学生かよ!って内容だし、いきなりもらった藤原さんは気持ち悪かっただろうなぁ、、

と後悔をしたものだ。


最終的には予感は的中

「なんで付いてくるのよ。付いてこないでよ」

と冷たい視線と声でトドメを刺されてジ・エンド


元々、友人なんて作ってもいつか裏切られて悲しい思いをするんだ、と小学校時代からのトラウマを抱えていた自分は

高校になってもクラスで向こうから話しかけてくれる、佐賀県こと佐賀健太のみが唯一の友人だった。

友人?こちらからはほとんど話しかけないのに?まぁ、友人なんだろう。


高校に進学してから青春は運動部だろ!という意気込みで丸坊主を条件としない唯一の運動部であるバドミントン部に入部。なんと中途半端な意気込みか。

が、そこそこ頑張っていたものの、レギュラーには届かない平凡なポジションであった。


高校2年生ある日、部活動の同学年のリーダー的存在から、

「おまえは今日から無視な」

と突然言われて混乱するもなぜなのか、思い当たるフシはない。凹むわ。


半年ほどして分かったのだが、他のメンバーがゲームセンターに寄ってから帰宅していたところ、

自分だけ部活動後に直帰していたため保護者会で帰宅時間の差が問題になり、自分のせいでゲームセンター通いがバレたのが原因と知ることになる。


くだらない。まったくもってくだらない。

これだから友人とかグループとかは嫌なんだ。


高校2年の春休み。来月から高校3年生だ。

気まずい雰囲気でも部活を続けている。

あんなくだらない理由で退部するなんて絶対に嫌だ、という意地のみで。


しかし、男女の交流もほとんどなく、このままつまらない高校生活を送るなら、男女が集まってワイワイするくらいはしたい、などと考えた勢いで唯一まともに会話をしたことがある同じバドミントン部の同級生、白石さんに


「部活の後にみんなでカラオケなんてどうかな?男子はこっちで誘ってみるから」


「んーーー、いいよー。どれだけ集まるのかわからないけど」


「無理言ってごめんね~。こっちもどれだけ集まるのかわからないけどね(笑) それじゃ、明日の部活は午前中だけだからその後に集まるって感じで」


「OK」


かくして、当日の約束の時間、12:30に待ち合わせ場所に到着する。

気まずい。非常に気まずい。誰も誘えなかった。ってか、全員に断られた。死にたい。

なんて謝ればいいんだろうか。橘くん嫌われてるからねぇ、なんて言われたら流石に再起不能になりそうだ。

逃げる?でも逃げたら白石さんの顔を潰すことになるし。。。

あーーー、、、死にたい。。。


「橘くん?」


「あっ!えっと、、、ごめん!誰も誘えなかった!なんかみんな用事があるとか、、なんとか、、で!」


「んーーー、えーっと、気にしないで。こっちも私しかいないから。いまのところ」


斜め下に目線を送りながら少し寂しそうなそんな返事。怒ってはいない、のかな?

白石さんは自転車通学のため、電車通学組があとから遅れてくるかも知れないと言いつつ、気まずい雰囲気で30分が経過


「誰も来ないね」


「来ないね、、、」


「どうする??せっかくだからどこかにお昼でも食べに行こうか?」


半ばヤケクソで白石さんを誘う。

(ここでも断られたら、、死にたい。。早くこの場の時間が過ぎればいいのに。)


「いいよ。どこに行く?」


起死回生


「モスバーガーにでも行く?」


「んーーー、あ、それなら行ってみたかったガレットのお店があるから行ってみよう?」


「いいよ」


ガレット、、、ガレットってなんだ、、、お菓子??お昼にお菓子?いやいやいや、、、

でもガレットって何?とか聞いて知らないの?って言われたら格好悪い。。


「自転車、あっちに置いてあるから取ってくるね」


「ああ、自分も行くよ」


互いに「ゴメンねー、誰も誘えなくて」と謝罪合戦をしながら、自転車を押して繁華街を抜けたところで


「ねぇ!二人乗りしない?その方が早く着くし!」


「え?ああ、いいよ」


目が泳ぎまくってる。女の子と二人乗り。。俺が前だよな、、だよな、、


「じゃあ、自分が漕ぐね」


「よろしく」


白石さんが後ろに横乗りしたのを確認してからゆっくりと漕ぎ出す。


なにこれなにこれなにこれぇ!超青春じゃね?すっごくね??腰とか掴まれちゃったらヤバくね?それはなかったけど。


「あ!その道を右!!」


「了解!」


なんとか平静を装おえる間に目的のお店に到着する。

~カフェ・ドゥ・リエーブル うさぎ館~


「うっわ、、カップルしかいねぇ、、、」


「だから入りづらくて」


ガレットってこんなのだったのかぁ、、と食べながら再び始まる謝罪合戦


「まぁ、あれだ。正直なところ部活内での自分の立場が微妙な感じで、女子を口実になんかやれば変わるかなって思ったという邪な考えだったから、、本当にごめん」


「気にしないで。私も似たようなものだから」


互いに詳しいことは詮索しなかったが、なんとなく察するものがあった。


ガレットは美味しかった。メニューに書いてあったカレーの方が美味しそうだったけど、ちゃんと空気を読んでガレットを注文した。


「あーもういい加減、部活辞めちゃおうかなぁ。つまんないし」


「私も辞めちゃおうかなぁ。つまんないし」


両手を逆手に組んで前に伸ばしながらそんな返事。

食事を終えて井の頭公園を適当に歩いてベンチで一休みしながらそんな会話をした。


「ここって言の葉の庭の設定ロケ地だっけ?」


あ、油断した。アニメのことを聞いてしまった。


「言の葉の庭は新宿御苑」


即座に返事があって、互いにそういう感じなのかな、と勝手に解釈してパラパラとアニメの話しを振ると、そこそこ返答がある。


「んーーー、部活やめてそのまま帰宅部になるのもいいけど、暇になりそうだからなにか部活でも作っちゃう?アニ研とか」


アニ研?え?白石さん、こっち側の人なの?


「アニ研かぁ。学校が許してくれるのかなぁ。というよりどんな活動するの?」


「アニメの評論?同人誌とか作っちゃう?みたいな?」


あー、いいなぁ、、白石さん。このまま勢いで聞いてみようか


「ねぇ、白石さんって今、付き合ってる人とかいるの?」


「何?いきなり」


文字通り目を丸くして当たり前の返事が帰ってきた。


「あ、彼氏がいるなら、こんなことしてて悪いなぁって」


「んーーー、なるほどね。真面目なんだねぇ。いないよ。このまま高校生活終わっちゃうのかなぁ。。」


白石さんは膝のしたに手の甲を入れながら両足のかかとをコンコンしている。


「どんな人が好みなの?」


女の子とベンチに並んで座って会話するのも初めてのくせに、よくもまぁこんな質問が出来たものだ。


「んーーー、気遣い出来て優しい人かなぁ。それでいてはっきり言ってくれる感じで」


自分は、、なんかちょっと違うな。気遣いが出来てってところが特に怪しい。それで真っ先に頭に浮かんだのは、唯一の友人?である佐賀健太。


「自分と同じクラスの佐賀って知ってる?佐賀健太だから佐賀県とか呼ばれてる人」


「あー、んー、、聞いたことはあるけど、どうだろう。よく知らない人だし」


「だよね。変なこと言ってごめん」


その日はそのまま別れて帰宅。



===2===



あの時、自分と付き合ってみない?と冗談でも言ってみたらなにかあっただろうか、、

などと色々考えながら帰宅途中に寄った萎びた公園で変な箱がベンチにあるのを見つけ、怪しいと思いつつも中を開けてみる。

オモチャのようなスイッチ。銀色の筐体に赤くて丸いスイッチ。というよりボタン?

押すとカチッと音がする。

箱の底になにか折り畳まれた紙が入っている。


「タラレバスイッチ?何だこれ」


紙切れには箇条書きでこんなことが書かれていた。


・このスイッチは過去の選択を再選択出来るスイッチである

・使用可能期限はチュートリアル終了後からの1年間

・使用可能回数制限は3回

・1年以上遡っての再選択は出来ない

・利用可能条件外での利用も使用回数にカウントされる

・一度再選択した選択肢を更に再選択することは出来ない

・自ら行った選択以外は再選択することは出来ない

つまり、他人の選択や、選択を行っていない事象の変更は出来ない

・人の生死に関わることについても、再選択可能だがその時に「心から愛している人」に対しては無効

・スイッチを押すと過去に遡るのではなく、別選択をした後の現在時間位置のままとなる

・スイッチを押す前から現在までの後悔の記憶だけは残るが、新たに選択してから現在までの記憶は残らない。

従って、再選択の後に何が起きたのかは自身で確認する必要がある

なお、再選択しても同じ結末となっている可能性も考えられる

・一度に複数の再選択を行うことは出来ない

例えば試験が失敗だったので前日にもっと勉強していれば、という再選択は無効。特定問題の解答再選択しか出来ない

・尚、このスイッチについて他人に知られた場合にはすべての再選択はキャンセルされるので注意して欲しい


なんだこれ。

小学生の工作かな?それにしても難しいことが書いてあって良く出来てるな。

家に持ち帰って紙切れの裏側に書かれた「チュートリアル」をやってみた。


================================================================

《チュートリアル》

1.折り紙で鶴を折ってください。


2.折り終わったら「あの時、亀を折っていたら。。」と強く念じながらスイッチを押しください。


チュートリアルは以上です

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は?なんだこれ。


鶴?折り紙で?折り紙なんて持ってねぇよ。。。それに亀の折り方なんて知らねぇよ。。

と思いつつプリントを正方形に切り取って鶴を折ってみた。


なんとなく目を閉じて「あの時、亀を折っていたら。。」と念じながらスイッチを押してみた。


カチッ


机の上には亀があった。鶴を折ったはずなのに。

なぜ亀があるのか分からない。そもそも亀の折り方なんて知らないはずだし。

しかし、純然たる事実として亀があった。

折り目からして鶴を折った後に亀を折ったのではなく、最初から亀を折ったように見える。

それに亀を折った記憶なんてない。


================================================================

・スイッチを押すと過去に遡るのではなく、別選択をした後の現在時間位置のままとなる

・スイッチを押す前から現在までの後悔の記憶だけは残るが、新たに選択してから現在までの記憶は残らない

================================================================


そういうことか。

これはホンモノなのか?

そもそも使用制限3回って、今のチュートリアルは1回にカウントされてるのか?分からない。


半信半疑で、それなら今日の井の頭公園での出来事をタラレバしてみよう、と思い立つ。


「あの時、佐賀県を紹介するのではなく、冗談でも自分と付き合ってみる?って聞いていたら?」


カチッ


なにも変わらない。

だよなぁ。

やっぱりそうだよなぁ。


そのままゴミ箱に放り込もうと思ったが、折り紙のことが気になって引き出しの中に適当に仕舞うことにした。



翌日、部活動が終わった後に顧問の先生に退部することを伝えた。

物事は勢いが大事だ。というより先延ばしにすると言えなくなる。無理。


「はぁ。。お前もか。さっき白石も来て退部するって言っててな。なんかあったのか?」


「いや、その。白石さんは、、」


「まぁ、分かった。無理に引き止めて続けてもらっても周りの士気にも関わるしな。了解した。後で退部届を職員室で渡すから書いてくれ」


「はい。わかりました。失礼します」


職員室で退部届を書いて顧問に手渡すときに、


「新しい部活を創設するのにはなにか条件ってあるんですか?」


と聞いてみた。


「5人だな。5人集まればとりあえず部活は創設できるが、部室とか部費は当初1年間の成果次第だな。なんか作るのか?」


「いや、なんとなくです。部員5人に成果物ですか、、結構厳しいですね」


「そりゃそうしないと同好会だらけになってしまうだろう」


「なるほど。。」


とりあえずなんか部活を作るには5人。

何をするのか決めてないけど。

そもそも人数が集まるかチャレンジするところからだな。


《佐賀健太》

帰宅部。自分と同じクラスの高校3年生。自分にとっての唯一の友人?

なんか面白いことならいいよ、と了承を得る。

こいつ、頼み事はなんでも引き受けるよなぁ。損しそうだ。


《白石めぐみ》

自分とは同じ元バドミントン部だった同級生。

あっさり了承。


《松本涼》

軽音部。高校2年生。白石さんの友人。橋本清太郎の彼女。

白石さんが誘ったら渡りに船とばかりに快諾。

なんでもドラムの面倒くさい輩に迫られていて逃げたかったらしい。


《橋本清太郎》

バスケ部。高校3年生。松本涼の彼氏。

半ば強引に松本涼に引っ張られ新しい部が出来たら、バスケ部を退部する約束を取りつける。


すげぇ。5人集まった。部活作れるじゃん。

なにするのか決まってないけど。

しかし、松本橋本ってややこしいな。


春休みも終盤に差し掛かったところで全員集まって何部にするのか会議を行う。


「でさぁ、なにすんの?」


「清ちゃんは黙ってて!新しい部活が出来ないと私が困るの!めぐみ先輩、なにかない?」


「んーーー。。アニ研、、とか?アニメ研究部」


「いいねぇ、アニ研!アニ研ってギター弾けるかな?な?めぐみ先輩どうかな!」


松本さん、すごい前のめり。


「アニ研でギターとか意味わかんねぇし。そもそもアニ研ってなにすんだよ。アニメでも見んのかよ」


「んーーー、、アニメについての評論、、同人誌とか作っちゃう、みたいな?ねぇ佐賀くんどう?」


「僕?僕は橘くんの作りたいものでいいよ。橘くんははどうなの?」


「アニ研いいじゃん。同人誌とか作ってコミケとかに出展するとか楽しそう」


「んあ?なんだよ橘、コミケってなんだよ、コミケって。涼、知ってるか?」


「詳しくは知らない。お台場辺りでやるすっごいイベント、ってくらいしか知らない。ほら、去年の花火大会の時すごかったじゃない。めぐみ先輩知ってます?」


「んーーー、、えっとそんな感じだと思う。自分たちで作った本とかイラストとか音楽とかを作って出展して買ってもらうの」


「音楽!?ギター弾けるの!?きまり!アニ研決まり!清ちゃん、明日退部届出してきて!」


「は!?明日!?なんて言って辞めるんだよ。新しい部活作るんで辞めますとでもいうのか!?」


「そう!なんでもいいから早く辞めて来て!あのドラム野郎に私があんなことこんなことされてもいいの!?」


「わかった、わかったよ。もういいや。どうにでもなれ!明日、退部届出してくるわ。橘!言い出しっぺなんだから責任取れよ!」


「あ、おう。。」


あ、や、もうなにこれ。めんどくさくないか?責任とか。

でもここまでやって、やっぱやめますー、ってやったら白石さんの立場が。。。



「ここが部室だって」


「なんだよこれ!倉庫じゃん!美術部の倉庫じゃんよ!」


「私はギター引ければどこでも構わないよー」


「いや、文化部連合館は満室だし、創設いきなり正規部室は無理だって」


「そういえば橘くん、顧問の先生は誰になったの?」


白石さんが聞いてくる


「美術部顧問が兼任。今、佐賀県が呼びに行ってる」


「んーーー、じゃあ、来るまで掃除と整理かな。力仕事は男子に頼んでもいいかな」


「そういう雑用は清ちゃんに任せちゃいなよ。元バスケ部だし。力持ちだし。マッチョマンだし」


「はぁ。。橘も手伝えよ」


長机はあるけど椅子が足りない。佐賀県が連れてきた顧問に相談したら体育館のパイプ椅子なら持ってきても良いと言われたわけだが


「うっほ。体育館。よりにもよって体育館!行きたくねぇ!ってかどの面下げて行けばいいんだよ!」


「あー、、俺もキツイな。。体育館。。佐賀くん佐賀くん、申し訳ないんだけど。。校舎の下で待ってるからそこまで!頼む!」


「いいよ。何回かに分けて持っていくよ」


佐賀県いいやつ。なんていいやつなの。


かくして部室は完成。

で、これから俺たち何すんの。


ガラガラガラッ!


「橋本先輩!なんで勝手に辞めちゃうんすか!なんで自分を誘ってくれなかったんすか!」


《小野誠》

バスケ部。高校2年生。勝手に橋本先輩の舎弟と言い張っている。


「どうも!小野です!入部届書いてきました!バスケ部は退部しました!橋本先輩!よろしくおねがいします!」


「いや、おれ部長じゃねぇし。そこの橘ってのが部長、隣の白石が副部長な」


「橘先輩!白石先輩!よろしくおねがいします!」


「お。おう。。」


昨日の今日でバスケ部を退部してアニ研に入部届を持ってくるとか橋本くんとどういう関係なんだ。。


「ねぇ、橘くん、あれってやっぱり橋本君が受けなのかな?」


口に手を当てて囁いてくる。


「え、白石さん、そっちもいけるクチなの?」


白石さん、意外!超意外!これはホンモノなのか!?


「えーっと。ちょっといい?この前、コミケで同人誌を頒布するって話あったじゃない?ちょっと調べたら次のコミケは8月のお盆にあるのね。んで、申込みはもう締め切られてるのよね。橘くん、どうする?」


仕切る佐賀県。助かる。すっげー助かる。


「まじで?どうしよう。夏の次は?」


「次は冬コミっていうのが年末にある」


「年末。。。受験。。。」


「清ちゃんはこのまま付属大学行くんでしょ?佐賀先輩と橘先輩とめぐみ先輩どうするんですか?」


「僕は付属大学に行く予定。もともと帰宅部だったし受験とか気力がないよ」


「自分はまだ決めきれてないなぁ。。指定校推薦が取れたらラッキーだけどダメなら受験かなぁ。10月頃には分かるからアウトだったら年末は厳しそう。白石さんは?


「んーーー、、同じ、かな」


「えー、どうすんのぉ。ギター弾きたいのに。でもまっ、なんかなるっしょ!また明日集まって考えよ!」


解散。



「で。どーすんのマジで」


「清ちゃんノリ悪ーい」


「だって仕方ねぇだろ。バスケ部辞めさせられてやることなにもねぇって」


カラカラ。。。

美術準備室の扉が半分ほど開く。みんなの目線が集中する。

女の子だ。三つ編みの女の子だ。


「ここって美術準備室ですよね?」


小さい。身長も声も小さい。


「そうよー!今は出来立てホヤホヤのアニ研の部室!あ、もしかして美術部の人?なにか取りに来たの?1年生?」


「あ、はい1年です。あ、あと、、そうじゃなくて、、ここ、アニメ研究部って聞いたから、、」


「あれ?もしかして入部希望なのかな?」


白石さん優しい。こういうところいいよなぁ。


「はい。。よろしいですか??」


「いいよ!大歓迎!はいはいはい、部長さん!入部届!早く!」


「あ、、まだ今の部活を辞めてないので。。。」


「そーなの?何部?なにしてんの?」


「美術部です。。。ここ、アニメ研究部って聞いたからアニメっぽいイラストとか描いてても怒られないかなって。。今の美術部だとそういうの描けなくって、、それで。。」


「部長~、めぐみせんぱーい、そういうのもありですよねぇ?」


「んーーー、ありかな。イラスト描ける人が居なかったから嬉しい」


《櫻井寛子》

美術部。高校1年生。

アニメイラストを描きたくてアニ研に入部。


とりあえず、櫻井さん、仮入部。

まじか。7人も集まった。

いよいよなにかやること決めないとマズイ。


「夏のコミケが申し込み終わってしまってるから他の同人イベントとかを目標になにか作る?」


一応、部長っぽいことしないと。


「でもそのコミケってのが一番ビッグなイベントなんでしょ?派手なんでしょ?お祭りなんでしょ?出たかったなぁ。ギター弾きたかったなぁ」


「松本さん、コミケって弾き語りとかする場所じゃないよ。コスプレならそういうのも参加できるかも知れないけど」


白石さん、コスプレについても知ってるのかぁ。


「あの。。」


「コスプレ!?いいじゃんコスプレ!んでギター弾くの!」


「お前そればっかりだな」


「あの!」


「どうしたの櫻井さん?」


「私、、その、創作イラスト描いてて、、去年の冬コミも参加してて、、夏コミの申し込みも済ませてあって。。」


「マジで!?本当に!?やったコミケ出れる!ギター弾ける!」


「あの、、申し込みは終わってるんですが、コミケって抽選なので、、6月の当落発表まで分からないので。。」


「6月か。2ヶ月あるな。その期間でコミケで何を売るのか決めようか。それでいいかな?白石さん」


「んーーー、いいんじゃないかな?なんか部活らしくなってきたね」


結局、中間試験やらなにやらで、やることが決まらないまま6月。

夏コミの当落発表。

窓付きの封筒が部室の机の上に。

櫻井さんだけニコニコしてる。


「開けるぞぉ」


当選


出店日付とサークル名、配置位置、チケットのようなものが3枚。


「んーーー、この三つ編み少女っていうのがサークル名なのかな?」


「櫻井さん、なにをするって申し込んでるの?ジャンルは?」


「オリジナルイラスト創作です。いつも三つ編みの女の子のイラストを描いて頒布してます」


「これ、宛先が櫻井さんの名前じゃないけど、大丈夫なの?」


「はい。義務教育修了者じゃないとダメなので、母親に申し込んでもらいました」


「チケットみたいのが3枚あるけど、3人しか参加できないの?って、なんか質問ばかりでごめんね」


「いえ大丈夫です。1ブース3人までしか参加できません。なので今、部員が7人居ますけど、実際にブースに待機できるのは3人です」


「なるほど。誰が参加するってのは櫻井さんは確定として。。。あとは」


「部長と副部長じゃねーの」


「清ちゃんあんた面倒くさいだけでしょうが。私はギター弾ければなんでもいいよー」


「ギター、ですか?出すのはイラスト本なのでギターは。。」


「えー!弾けないのぉ。なんかあるっしょ。アイデアとかさぁ」


イラスト本とギター、、、そんなのどうやってやるんだよ。。イラスト本に音楽つけるの?意味わからんし。

ラジオドラマ?いや、イラスト本じゃなくなるし。同人音楽?いや、申し込みジャンル違うし。


「ちょっといいですか?」


佐賀県が珍しく発言だ。なにかアイデアでもあるのかな。


「イラスト本のオマケでイラストに合わせた曲とかをつけるのってどうでしょうか」


なるほど。それなら櫻井さんのイラスト本を無理やり何かに変更しなくても済むかな。


「どう?櫻井さん」


「大丈夫ですけど、音楽って松本先輩のギター意外になにか弾ける方いらっしゃるのでしょうか?」


「めぐみ先輩バイオリン弾けましたよね?私のギターとセッションしましょうよ。あ、でもそうなるとピアノとか欲しいなぁ」


ピアノ。なんてこった。ここで出来ます、って手を上げたら面倒くさいことになりそうだ。。。

あーでもどうしよう。でも誰も弾けるって知らないからだいじょ。。


「橘さぁ。いつぞや体育館のピアノ、弾いてたよなぁ。結構上手かったじゃん」


。。うぶじゃねぇぇぇぇぇっ!


「は、橋本くん??アレ、聴いてたの??」


「聴いてた。ってか、体育館中に響き渡ってたからバスケ部連中みんな聴いてると思うぞ」


あああああ。。逃げられない。絶対に逃げられない。


「橘先輩。よろくっすよ♪ピ・ア・ノ!」


背後から思いっきり肩を叩かれる。いってぇ。


「ってか、バイオリンとピアノは良いとして松本さんのエレキギター合わせるの?合わなくない?」


白石さんとバイオリン協奏曲なら色々と楽しそうだけど、松本さんが混ざると全部持っていかれそう。


「ん?私、クラシックギターだよ?エレキギターでギュイーンってやると思ってた?んじゃ決まりぃ!私のギターとめぐみ先輩のバイオリンと、橘先輩のピアノで!」


なんで軽音楽部でクラシックギター。。。どういう音楽やってたんだ。

しかし、もうこれは仕方がないな。。諦めよう。


「んーーー、その3つだと何ができるかな。既存の音楽を演奏するの?それともオリジナル?」


お・り・じ・な・る!誰が作曲するの!なんか流れ的にピアノの自分とかになりそうなんだけど!

作曲なんてやったことないんだけど!


「そりゃもちろんオリジナルでしょ!イラストの雰囲気に合わせるんでしょ?」


デスヨネー。そうなりますよねー。目がクロールし始めましたよ。ばっしゃばっしゃと。


「えーっと、誰が作曲するのかな?」


「わたしー!作る!私が作る!でもピアノとバイオリンの楽譜とか書けないからメロディだけ作るからあとはよろしく!ねぇ清ちゃんいいでしょ?」


「俺に聞くなよ。でもそうすると佐賀と俺と尾野はなにすんだよ」


「佐賀先輩はー、音楽だけじゃつまらないから、音楽とイラストに合わせた物語書いてくださいよー」


無茶振りすぎる。流石の佐賀県もそれは断るんじゃないかな。。

ってか、メロディだけ作るからって。白石さんはどうなのかな。

あ、やる気顔してる。ここで逃げたら格好悪いな、、


「いいですよ。僕、本とか読むの好きですし。書いてみたいと思います」


受けたー!受けちゃったよ!!どこまで人が良いの佐賀くん!


「じゃ、最後に尾野はなにすんの?」


「えっと、、、尾野先輩は私のイラスト作製を手伝って貰えたら。。いいな。。って。。あ!無理ならいいです!」


「尾野~、櫻井さんがそう言ってるけどやるよな?」


「はい!やらせていただきます!やらせてください!」


本当に松本先輩の舎弟、、というより下僕なんだな。。一瞬、櫻井さんが笑ったように見えたけど気のせいかな。


「んーーー、そうすると、最初にイラストのラフなりなんなりが上がらないとイメージ的な曲とか物語は書けないね。櫻井さん、頼める?」


「わかりました!ラフだけならそんなに時間はかからないと思います!」


8月のコミケまであと実質2ヶ月しかないじゃん。

できるのこれ。

ラフが上がるのに半月程度として1.5ヶ月で作れるの?期末試験もあるぞ?

なにコミケってこんなに大変なの。こんなに詰め込まれるの。

CD作るってどうやって?録音は?焼くの?何枚?


帰宅してからコミケについて諸々調べてみる。

滑り込み入稿。一冊も売れない。在庫の山。有り得ない人の波。臭い。コミケ雲。

恐ろしいことばかり出てくる。

ってか最後のコミケ雲ってなんだよ。

エロいやつも沢山出てきたし大丈夫なのかコミケって。


翌日、遅れて部室に行ってみると、皆で何かを囲って感嘆の声を上げている。


「なに?なんかあったの?」


「寛子ちゃんがね、ラフを上げてきてくれたの!」


うっそ、昨日の今日で?何ページ?


「マジ?見せて」


うわー、すげー。15枚。ラフが15枚も仕上がってる。

全部三つ編みの女の子だ。徹底した三つ編み好きだ。

三つ編み少女の名に恥じぬ三つ編み本だ。


「今回は音楽を付けると聞いたので、それっぽい構図にしました!」


楽器を演奏したりメンテナンスしたり、楽譜を選んでいたり楽器を持って芝生に寝転がっていたり、、


「よーし。早速これに音をつけるぞ~」


松本が持ち込んだギターをジャカジャカ弾き始める。

ちょっとうるさい。

ところでどこで作曲編曲するんだろ。ギターとバイオリンは持ち運び出来るけどピアノは無理だろ。


「橘先輩!家にピアノあるんですよね?」


あ。やっぱりそうなるんだ。

ウチでやることになるんだ。

ヤバそうなモノは隠しておこう。

例のスイッチとか、えっちな本とか。

そういえばスイッチの効果、どうなってるんだろう。

井の頭公園で自分と付き合ってみない?と聞いたことになってたとしたら今はどういう状況なんだろう。

傾向的に白石さんは自分の意見に合わせてくれるし好意的な感じがするけど。

聞く?本人に。おれ達付き合ってるよね?とか?そもそも違ったらどーすんの?だたの痛い人になるよね?

でも付き合っていることになってたとしたら部室では会ってるけども、一緒に帰るわけでもなく、デートするわけでもなく。それはそれで危機的状況なんじゃないの?

まぁ、これは追々確認しよう。可及的速やかに。どうすればいいのか分からないけど。


「わぁー!ピアノ!ピアノあるよ!エッチな本はどこ!どこにあるの!清ちゃんは本棚の後ろにあった!めぐみ先輩!探しましょう!」


「んーーー、あるの?どこにあるのかなー?」


すっげぇ目線を見られてる。つよい。負けない。負けてはならない。


「ないなぁ。本棚の後ろもベッドの下にもないや。橘先輩、もしかしてこっち?」


左頬に右手の甲を当てるな。違う。断じて違う。


「ないねぇ。流石に私達来るってわかってるから、ねぇ?」


バレてる。これはバレてる。優しいなぁ白石さん。ホント優しい。素敵。女神様。

ベッドに座ってマットレスをぽんぽんしてる。そうですベッドの下じゃなくてマットレスとベッドの間です。はい。


「じゃ早速やろうか」


櫻井さんの描いたラフのコピーをテーブルに置いて松本さんが鼻歌に合わせてギターを弾き始めた。

性格とは裏腹に綺麗な旋律だ。自分の頭の中でもピアノの音を置いてみる。いけそうだ。

この日は鼻歌ギターとピアノの単音でそれっぽいものを録音しておしまい。

このあと、自分がピアノで主旋律を作って楽譜に落とそうと思う。

正直バイオリンの楽譜は分からないし、どうやって合わせるのかわからない。

頑張れ白石さん!期待してるよ白石さん!!


昨日録音した鼻歌ソングを佐賀県に渡して、なんとなくの物語が書けるか聞いてみたら案の定やってみる、との返事。

本当になんでも断らないなぁ。いいのか佐賀県。。


そんな中、元バスケ部の橋本は何をしてるかというと、、1学期末試験のまとめ作業。

みんながコミケに向けて色々やってるからって、なんとまとめノートを作っていたのだ。

意外すぎるだろ。お前、成績そんなに良かったのか。なんにしても助かる。

でも彼女の松本さんは2年生。どうしてるんだろうか。そんなに勉強ができるようには見えない。

部室の窓際のテーブルに目をやると舎弟こと尾野くんがいそいそとノートに何かを書いている。


「尾野ぉ!2年生のまとめノート、出来てんのかぁ?」


ああ、やっぱりそうなのね。尾野くんは2年生のまとめノート作ってるのね。

櫻井さんのお手伝いはどうした。ってか、唯一の1年生の櫻井さんは期末試験大丈夫なんだろうか。


「櫻井さんは期末試験、大丈夫なの?」


「え?あ、大丈夫です。今は2学期の予習を初めてるところです。尾野先輩には資料集めとかやってもらえたらと思ってるんですが。。。」


すげぇ。未来を生きてる。櫻井さんすげぇよ。

でもなんか寂しそうだ。


今日は用事があるとかで白石さんは部活おやすみ。

引き続き自分の部屋で松本さんと作曲作業を進める。


「ねぇ、橘先輩。めぐみ先輩と佐賀先輩って付き合ってたって知ってました?」


「マジで?初耳。」


いやな汗を感じながら生返事をする。

タラレバスイッチの嘘つきめ。。でも仮に付き合ってみない?って選択に修正されたとしても自分と白石さんが付き合うかどうかなんて分からないわけだし。

その日の作業は上の空で、なんとなく作業を終えた。


作業も終盤に差し掛かったところで3人で集まっての作業の予定だったのが、松本さんがたまには清ちゃんとデートするの♪とか言って白石さんと2人での作業となった。

へぇ、、バイオリンってこういう感じで合わせるのか。先日録音したものを再生しながら、それに合わせてバイオリンの音を乗せてゆく。


(「ねぇ、橘先輩。めぐみ先輩と佐賀先輩って付き合ってたって知ってましたか?」)


いつかの松本さんの言葉が耳を離れない。

自分の意識とは裏腹に、つい言葉が出てしまった。


「なぁ、白石さんって佐賀県と付き合ってるの?」


止まるバイオリン。流れ続ける録音データ。

怒ってる。すごく怒ってる。今にも泣きそうな顔で怒ってる。ヤバイ。これはヤバイ。見たことのない顔だ。どうしよう。どうすればいい?


「なんで、、そんなこと、、知ってるの。。なんでそんなこと、、言うの。。。」


それだけ口にすると荷物をまとめてバタバタと帰っていってしまった。

秘密にしてたことがバレて怒ったのか、タラレバスイッチの効果があって、自分と付き合ってる事になっていたのか。

分からない。メールしても既読がつかない。電話も出ない。


翌日の部室は最悪だった。


「てめぇ!白石になにしやがった!」


入るなり橋本に胸ぐらを掴まれて、怒鳴られる。

松本さんは呆れ顔でこちらを見ている。


「なにか、、、あったの?」


「ふざっけんなよ!さっき白石が来てコイツを置いていったんだよ!」


橋本が机に叩きつけたのは白石さんの退部届。

昨日のことが原因なのか!?佐賀、、佐賀県は!?いささか寂しそうな顔でこちらを見ている。


「白石先輩辞めるなら私もやめよっかなー。あのドラマーからは無事逃げれたし。アニ研に誘ってくれたのは白石先輩だし。どうする?清ちゃん」


「辞めんに決まってんだろ!マジふざっけんなよ。バスケ部辞めてまでこっちに来たってのによ!帰ろうせ涼!」


「橋本先輩が辞めるなら自分も辞めるっす!お世話になりました!」


深々と一礼して橋本の後を追いかける尾野くん。


「えっと、、それじゃあ、私も。。こんなんじゃ作れなくなると思うし。。」


櫻井さんまで。。。

これで部員は自分と佐賀県の二人だけ。。。と部室を見回すと佐賀県がいない。退部届だけ机に置かれていた。


なぜこうなったのかはっきりと分からぬまま、あれこれ考えながら帰宅してベッドに倒れ込む。


(「なぁ、白石さんって佐賀県と付き合ってるの?」)


これだよなぁ。。絶対にこれだよなぁ。

どっちだ?佐賀県と付き合ってることがバレたから?自分と付き合ってるのになんでそんな事言うの?ってやつか?

後者のような気もするけども、付き合っているという確固たる証拠がなにもない。分からない。

もう一度整理して考えよう。まず松本が


「ねぇ、橘先輩。めぐみ先輩と佐賀先輩って付き合ってたって知ってましたか?」


って言ったんだ。

これの意味。付き合ってたって知ってたか。これって付き合ってるって意味だよな?自分の知らないところで付き合い始めてたってことだよな?

でもなんでそれを確認したらこんなことになるんだ。なんであんな悲しい顔をしたんだ。


いや、仮に自分と付き合ってたと仮定したら?それならなんでそんな事言うの、ってのは納得できる。

佐賀県と二股かけてるの?って聞いたようなものだからな。


付き合ってたって知ってましたか?


付き合ってた?過去形?ああ、、そうか。そういうことか。それなら合点が行く。自分は白石と付き合っていたんだ。

タラレバスイッチって本当に効果があったんだな。あの時、自分と付き合わないか?って言ったことになってたんだな。

後悔の念で涙があふれる。だが一度口から出た言葉は取り戻すことはできない。


タラレバスイッチか、、、タラレバスイッチを使えば、この状況を変えることは出来るのかな。。。

翌日は熱があるとかごまかして学校は休んだ。

考える。ひたすらに考える。使用回数はチュートリアルが使用1回にカウントされてても、後1回は使えるはず。

問題はどの選択肢を再選択するかだ。

佐賀県と付き合ってるの?と聞いたことを、聞かなかったことにする?

ダメだ。それじゃあ自分と白石さんとの関係が分からない。曖昧なままだといつ似たようなことが起きるのか分からない。

佐賀県も退部届を出したってことは白石さんと何らかの関係があったと考えるのが妥当だ。

ここは自分との関係を明確にし、かつ今回の結果を回避する再選択をしなくてはならない。

仮に「付き合っていた」が過去形だとしたら、以前に佐賀県と付き合っていたことなる。松本さんの言葉が本当であればそういうことになる。

松本さんが勘違いしていたとしても、自分と白石さんとの関係を明確にすることは後々を考えると必須だ。


ここはシンプルに考えよう。「昔付き合っていたのか?」と聞くのはどうだろう。

付き合っていたという事実がなければ、そんなことないよ~、で終わる(と期待したい)

付き合っていたという事実があれば、昔はね~、で終わる(と期待したい)

そもそもこの再選択でこの破局的状況を打破できるのだろうか?自分と白石さんの関係は明確に出来るのだろうか?

タラレバスイッチを押したとしても現在時間のままだ。すぐに結果を確認することはできない。


翌日も雰囲気は最悪だった。佐賀県は目線もあわせないし橋本と廊下ですれ違っても他人のそれだし。

数日散々考えた結果として


「佐賀健太と昔付き合っていたのか?」


あの時そう言ったと念じてスイッチを押した。



翌日の授業は全く耳に入らなかった。佐賀県は話しかけてこない。白石さんと橋本は別のクラスで休憩時間に様子を見に行くも普段と変わらない。

仮に効果が無かったら橋本にまた胸ぐらを掴まれる。話しかけられない。


授業が終わり、一目散に美術準備室に向かう。まだ鍵がかかっている。誰も来ていないということだ。

職員室から鍵を取ってきて美術準備室に一人待つ。

自分の想定するシナリオならみんな戻ってきてくれるはずだ。

長い。ほんの数分がとてつもなく長く感じる。

ガラガラガラッ

ドアが開く。希望の顔はすぐさま落胆の顔に変わる。顧問の先生が立っている。


「なんだぁ、今日はお前だけなのかぁ。ちょっと美術部で使うものを持っていくぞ~。」


そう言ってイーゼルを両手にドアを開けたまま隣の美術室に入っていく音がした。

ダメなのか。誰も来ないのか。。

諦めて美術準備室を出て鍵を締め、職員室に向かうことにした。



「あれ?鍵持ってる?職員室に準備室の鍵が無かったんだけど?」


白石さんだ。階段で白石さんがいつもの顔でそう聞いてくる。なんて言えばいいんだ?これから部室?この前はごめん?頭をフル回転させても言葉が出てこない


「んーーー、あ。鍵」


階段の下から覗き込むようにして、右手に持つ鍵に気がついた白石さんがそう言った。確かに言った。鍵は確かに持ってるよ?でも部室に行こうともなんとも言われてない。

なんで解散した部室の鍵をわざわざ持っているのか?という意味かも知れない。


「ああ、ちょっと準備室に荷物を忘れて」


「あれ?今日は帰るの?」


今日は帰るの。今日は、って言った。昨日があって今日がある。そんでもって明日がある。希望の言葉、今日は帰るの?


「あ、いや、誰も来ないから今日はみんなおやすみなのかなーって」


「なんか用事でもあるの?」


「お前ら、こんなところでなにやってんだ」


橋本が訝しげに話しかけてくる。胸ぐらを掴んじゃう?掴まれちゃう??


「おら、さっさと準備室行くぞ」


これは成功した?成功したのか?期待していい??まだ半信半疑のまま美術準備室に向かい鍵を開ける。


「今日も3人は橘の家で作曲か?俺は顧問の野郎に美術室の机と椅子を下げるのを手伝ってくれって言われてるから今から行ってくるわ」


美術準備室には白石と二人。聞くなら今しかない。誰か来たら気まずい!


「な、なぁ、この前はごめん、、、な?」


「なんで疑問系なの。この前も言ったけど、佐賀くんとは高1の春から半年間だけ。仲の良い友達同士のような関係でそれ以上でも以下でもないって。それに今は橘くんが彼氏。。なんでしょ?」


彼氏。。。彼氏って言ったよこの子!勝利のファンファーレ!成功した!ありがとうタラレバスイッチ!


「そうだよね!ごめん!!」


「ふぅん、、、変なの。で、今日も橘くんの家に行くのでいいのかな?お部屋の片付け大丈夫?」


ドアの前にいつの間にか佐賀県が立っている。聞かれたのかな。今の話。


「やっ・・・・・のか」


準備室に入ってきた佐賀県がすれ違いざまになにか言った気がしたが、よく聞き取れなかった

その後、櫻井さんと尾野くんが仲良く話しながらやってきた。なにやら写真を櫻井さんに見せて、盛り上がっている。


「楽器の資料、ありがとう!」


どうやら楽器の写真みたいだ。


「ちわーっす!お!みんなもう来てる!橘先輩!今日こそエッチな本見つけますよぉ。早く行きましょ!」


いつもの賑やかな準備室に戻ってる。みんないる。

間違いなく成功したんだ。



===3===



色々あったが夏コミは無事に終了。50部作って22部売れた。残りは学園祭で部の成果物として展示販売する予定だ。


夏休み後半はコミケの打ち上げに花火大会、海水浴、白石さんとデートやら、これが青春ってやつなのかってことをお腹いっぱい出来たと思う。

白石さんとは手をつなぐ程度でそれ以上の進展はまだない。意気地なしとか思われてるかも知れない。


9月の学園祭も無事に終わり、10月には3年生メンバーの進学も無事に決定。

佐賀県と橋本は付属大学に進学。

自分と白石さんは同じ大学に指定校推薦を決めた。クラスでもアニ研でもめっちゃ冷やかされた。


「あとは11月の冬コミ当落発表だな」


11月。再び机の上にコミケ当落通知

今度は櫻井さん名義で届いている。が、なんか前回と封筒の様子が違う、気がする。

櫻井さんもちょっと残念そうな顔をしている。


落選


残念でした。。。がっかりしたけども、あの大変な作業がないと思うと少し助かった、という思いもあった。

一番がっかりしていたのはもちろん櫻井さんだったが、尾野くんはなんか笑顔。なんでだよ。


冬コミ落選、進学も決定となると部活としてのイベントはなにもない。試合なんてないし。

そうなると最早アニ研は放課後に集まってお茶とお菓子とおしゃべりをする菓子研の様相。放課後ティータイム。

次のイベントはクリスマスと年末年始とバレンタインか。


クリスマスは、、そのまぁ、なんだ。楽しかった。


年末年始はみんなで2年参りをしたわけだが、、、寛子ちゃんと小野くんの様子がおかしい。

松本さんと橋本がやたらとニヤニヤしている。やたらとタイミングを見計らっている。ダッシュ。橋本に掴まれてダッシュ。人混みに紛れて姿をくらます。

白石さんがすごく楽しそうな顔で寛子ちゃん頑張って、とか言ってる。櫻井さんと小野くんだけ居ない。

なんだそういうことか。仲良いなぁと思ってたけどいつの間に。


「なになに?いつから?」


「いつからってオマエ、これからだよ」


「寛子ちゃん、がんばるんだって!青春だな!いいな!私なんか清ちゃんとは幼稚園からの腐れ縁だから、こういう青春羨ましい!」


結果がどうなったのかその日は分からなかったけど、冬休み明けの様子から成功したようだ。橋本松本組がなんか奢れとか言ってるし。


バレンタイン、、そのまぁ、なんだ。チョコが美味しかった。

部活内では佐賀県だけが彼女なしか。。。なんか気不味いな。。昔付き合っていたらしいし。

いや、もうこの地雷は踏まないぞ。絶対にだ。



===4===



「あ。携帯電話」


まだ部室だからちょっと待ってて。

メールを送ったら部室の棚から着信音。


「橘くん、携帯忘れていってる。これはお届けかな」



帰宅して白石さんにメールしようと思ったが携帯がない。部室に忘れたのかな。どこかで落としてしまったのかな。。

自分の携帯に自宅から電話をかけてみる。


「橘ぁっ!てめぇ、今どこにいんだよ!なにやってんだよ!」


橋本の声が怒涛の如く受話器から響き渡る。

なにか集まるような事あったっけ?ってか橋本が拾ってくれたのかな。


「あ、わるい。携帯拾ってくれたのか。どこにあった?」


「まさかオマエ、知らないのか?連絡ないのか?」


「なんの連絡?」


「そうか。わかった。落ち着いてよく聞けよ。白石が、死んだ」


は?死んだ?誰が?冗談にも程があるだろ。


「おい!橘!聞いてるか!」


「あ、うん。聞いてる。強烈な冗談でめっちゃ引いてる」


「・・・。いいから早く久我病院に来い。タクシーで来い。何なら俺が迎えに行く」


冷静な橋本の声に頭がグチャグチャになる。


「おい、聞いているか。今から迎えに行くからな。そのまま家にいるんだぞ」


死んだ?白石さんが?なんで?いつ?どこで?なんで?死んだ?

延々と頭の中でループしている。


チャイムが鳴る。ドアが叩かれる。


「橘ぁ!居るか!」


橋本が叫んでいる。みたいだ。よろよろと起き上がり玄関へなにかに吸い込まれるように進む。鍵を開ける。


「良かった。行くぞ。あー、お前、靴を履け靴を」


タクシーに乗っている間、なんの会話も無かった。病院にはアニ研のメンバーが集まっている。白石さんだけが居ない。


「いいか。深呼吸だ。そしてよく聞け。白石が、死んだ。交通事故だ」


両肩を掴まれて真面目な顔でハッキリとした口調で橋本が言う。

冗談にしてはよく出来た話だ。エイプリルフールってもっと先だろ。

現実を受け入れられない。


「事故現場にお前の携帯が落ちているのを見つけてな。涼とどうするか話してる最中にお前からの着信があった」


尾野くんは泣きじゃくる櫻井さんの面倒を見ている。

佐賀県は携帯であちこちに電話しているようだった。


現実はそこにあった。遺体は見せられない、と医師に言われて確認が出来ない。

だが、医師まで出てきて、白石さんの両親も駆け込んできた。

これは現実なんだ。現実の出来事なんだ。そう認識したあとの記憶はない。


今回は交通事故ですので警察による検死が。。遠くでそんな会話が聞こえた。


そのあと、橋本に連れられて帰宅。

現実が受け入れられない。傷だらけの携帯を手にして白石さんにメールを送るが既読はつかない

自分の母親からも事故のことを言われて、ああ、、本当なんだな。。と言葉を飲み込んだ。

深い暗闇の中に落ちていくような感覚でベッドの上でうずくまっていた。どれくらいの時間が経ったのだろう。母親が朝も昼も食べてないんだから夜ご飯位は食べに来なさい、と扉の向こうで言っている。

白石さんとの思い出が次々と頭の中で踊り続ける。一度、破局的な状況にもなったなぁ。あれは辛かった。やり直せて本当に良かった。


やり直せて?


そうだ。。スイッチだ。タラレバスイッチがあるじゃないか。やり直せる。助けられる。

そう考えて引き出しの中からスイッチを取り出す。


どの選択だ。どの選択を再選択すれば助けられる?この現実を変更できる?

時計を見る。しまった。1日以上うずくまっていたのか!最初にスイッチを使ってから今日で1年だ。時間がない。今は何時だ?

そもそもチュートリアルの1回がカウントされてるとしたらもうこのスイッチは使っても効果はない。

カウントされてないからと言っても最期の1回だから試すことも出来ない。

いや、使ってみるしかない。今はそれしか白石さんを助ける方法はない。時間がない。一発勝負だ。


「携帯を忘れなければいいのか?」

いや、携帯を忘れたのは故意の選択ではない。再選択はできない。


「白石さんが自分の携帯を届けないようにする?」

ダメだ。他人の行動の選択肢は変更できない。


「2回目のタラレバをなかったコトにする」

そうすればアニ研は解散、白石さんが自分の携帯を届けるようなこともなくなる。

ダメだ!これは再選択の再選択だ。効果がない。


「2回目のタラレバよりも前の時間に、佐賀と今も付き合っているのかと聞く」

経験によればこれを聞けば破局的状況になるはずだ。事故も起こらないのではないか。

いや、タイミングが異なれば結果も変わる可能性がある。そもそもどの選択肢を変更するのか。

仮にどこかの選択肢を変更したとしても確実に破局的状況になるのか分からない。使えない。


「当初、白石さんにバドミントン部の女子を誘って欲しいとお願いしたことをなかったことにする」

そうだ。これならすべてなかったことになる。アニ研なんて存在しないことになる。事故も起きないだろう。

これしかない。これに賭ける。


スイッチに指をかけた時に制約の一つが頭に浮かぶ


【心から愛している人への生死に関わる再選択はできない】


!!


ダメなのか。どうすることも出来ないのか。

今から君を心から愛していないと自分に言い聞かせて真実にすれば、この制約外になるのか?

他になにかあるか?自分が今の高校に入学しないという選択肢は1年以上前だ。

バドミントン部に入部しないとい選択肢も1年以上前だ。


ああ、そうか。仮に成功した場合、あの時誘えば良かったという後悔の記憶だけ残って、今までの白石さんやみんなとの思い出は全て消え去ってなにも残らないのか。無かったことになるのか。

それでも、、それでも死に別れで終わるよりは良い。

後は心から愛していないんだ、と言い聞かせてスイッチを押せばいいだけだ、、


カチッ



===5===



春。


「もう1年ですね」


「だなぁ。早いもんだ」


「ああ」


「うん」


「そうですね」


「はい」


あの日から1年が経った。

アニ研の仲間とは大学に行っても相変わらずの関係だ。

新入部員が2人、入部してなんとか部員5人をキープ、めでたく部活存続となった。部室が美術準備室なのは変わらないらしいが。


「もうすぐ春だってのにまだ風は冷たいな。。。」


ポケットのカイロを取り出して、白石さんに渡す。


「どうだ。温かいだろう?」


明日はあの日だ。始めてスイッチを使った日。


「もうすぐ桜が咲き始めるな。ここの桜は綺麗だからな」


井の頭公園の桜は格別だ。あの日のベンチに座ってまだ蕾の桜を見ながら話しかけた。

白石さんとここの満開の桜をあの時、見たかったなぁ。


付き合ってるって気がつくのが遅くて桜を一緒に見に行くことが出来なかった。


「さて。寒いし、そろそろ行きますか」


伸びをしながら立ち上がり、誰も居なくなったベンチを眺めてそう言った。


確かに君はそこにいたんだ。それは嘘じゃない。



End



===エピローグ===



彼の選択は間違えていなかったと心から思う。


橘幸雄、彼はなんか勘違いしてたみたいだけど

「選択時点で、心から愛している人に対しては効果はない」

っていう意味で書かれていたはずなんだが。


君は既にあの頃から彼女のことを心から愛してしまっていたんだね。


誰も居なくなったベンチを眺めながら銀色の箱を片手にそう呟きながら、そっとベンチに置く。


「次の拾い主はどんな人生を見せてくれるのだろうか」


春が近いのにまだ風は冷たい。






===another end===



春。エイプリルフール。

桜咲き誇る大学生活の始まり。もう葉桜だけど。

高校生活は何もなかったなぁ。あの時、白石さんに声をかけていたら何か変わっていたのかなぁ。

ただ、バドミントンだけやって終わった高校生活。

初恋の人にこっぴどくフられたとかそういう思い出しかない。


いくつかの新歓コンパに参加して部活、サークルどこにするか迷っていたら、自分と同じ高校出身です!って自己紹介してる子が居るじゃないの。

お。可愛い。好み。あとで声をかけてみるか。って、あれ白石さんじゃないの。バドミントン部の。


「初めまして。同じ高校出身の橘と申します」


「あ、初めまして。ってあれ?橘君?なに?同じ指定校推薦だったんだ。知らなかった」


新歓コンパが終わった後に声をかけて一緒に帰る。不思議となぜか懐かしい。同じ部活だったからかな。


私と彼女の大学生活はこれから始まるのだ。



end



===エピローグ'===



1年間すべての思い出を無かったことにして助けるなんて彼はすごいな。それほどまでに彼女を愛していたっていうことかな。


2人が歩くのを眺めながら歩道橋の上で銀色の箱を片手に呟く男。


橘幸雄、彼はなんか勘違いしてたみたいだけど

「選択時点で、心から愛している人に対しては効果はない」

っていう意味で書かれていたはずなんだが。

ま、誘う誘わないの時点では心から愛しているわけでもなかったから、この再選択は結果的に成功したわけだが、、

同時にこのスイッチを拾う前の選択変更を行ったから、彼にはタラレバスイッチの記憶も無いのだろう。

完璧な選択だよ。恐れ入った。


さて、次は誰にこのスイッチを渡そうか、、、

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タラレバ PeDaLu @PeDaLu

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