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「なんか、環が行ってから海がよく泣くな」


 陸がそんなことを言いながら、海を抱える。


「…うん」


 環がアメリカに行って三ヶ月。

 確かに…海は環を探しまわったり…

 探しても見当たらない姿に、泣いたりする事もある。



「顔色悪いな、織」


「…陸」


「ん?」


「あたし…」


「何だよ」


「妊娠してるみたい…」


 あたしがそう言うと。


「……」


 陸は絶句して海を抱えたまま、ソファーからずり落ちた。


「父さんも母さんも…産むなんて言ったら大反対するだろうね」


 あたしが小さくつぶやくと。


「この、百発百中女め…」


 陸は頭を抱えてる。


「…環には迷惑かな…」


「どうして」


「だって、きっと自分の子供だって気が付くと思うし…そしたら、あたしが一方的に迫ってそうなったのに…子供まで産まれちゃ…」


 あたしが苦笑いしながら言うと。


「何言ってんだ。環、おまえのことずっと好きだったのに」


 って、陸が呆れた顔で言った。


「え?」


「なんだよ、おまえ気が付かなかったわけ?あいつ、いっつもおまえの傍ににいただろーが」


「…だって、護衛だもん…」


「それにしても、だよ。みんな知ってたぜ?そんなことは。環の奴、クールなわりに肝心なとこで間が抜けてんだよな。顔にもろだし」


「……」


 あたしは、呆然とする。


「ぜっんぜん気が付いてなかったのかよ」


「…うん」


「にぶすぎる」


「……」


「ま、確かに大問題だな」


 陸は海をひざからおろすと。


「海、あそこの新聞とって来てくれよ」


 って言った。


「親父がいくら環を好きでも、護衛の身だったんだからな」


「あたし…」


「ん?」


「この子を産んだら、お見合いする」


「おい…見合いなんてしなくていいさ」


「そりゃあ…違う男の子供を二人も生む女なんて、貰い手ないかもしれないけど…」


「待てよ、何かいい方法考えようぜ」


「ううん。あたし、この子を堕ろすなんてできない。だから…」


「……」


 陸は何も言えなくなってしまって。

 海が持ってきた新聞を手に取ることもできないくらいショックを受けてるようだった。


 あたしは、自己嫌悪に陥りながらも。

 環の子供を産みたい。


 強くそう思った。



 * * *



「許さん」


「親父」


「誰がなんて言ったって、許さん」


 和館の八畳間。

 腕組をした父さんは、目を閉じたままつぶやいた。


 海の時は母さんが気付いたからだけど…

 今回は、あたしから父さんと母さんに告白した。


 妊娠している、と。

 そして…


 産みたい、と。



「二度も、私に言えない男の子供を産むつもりか?」


「…ごめんなさい」


「謝ってほしいわけじゃない。父親の名前を言いなさい」


「…言えない」


「織」


「ごめんなさい」


「とにかく、許すわけにはいかん。病院に行きなさい」


「殺せって言うの?」


「殺すだなんて言い方はやめなさい」


 あたしは、うつむく。


「産むなら勘当だ。この家は陸に継がせる」


「えー、やだよ、俺」


 陸の、超いやな顔。


「おまえは、長男なんだぞ!」


「でも、織が継ぐっつってんだから」


「…どいつもこいつも…」


 父さんが涙目になって愚痴ってると。


「織」


 ずっと黙ったままだった母さんが、あたしの前に座った。


「?」


 あたしが顔をあげると…


 バシッ!


「母さん!」


 陸が慌ててあたしにかけよる。

 母さんは瞳にいっぱい涙を溜めて、あたしの頬を打った。


「母さんは情けないわよ」


「おまえ…」


 父さんが母さんの肩を抱く。


「織は、もっとちゃんとした…しっかりした子だと思ってたわ。だけど、こんな…二度目よ?何考えてるの?」


「……」


 母さんの言葉に、あたしは黙るしかなかった。

 …母さん、センの事…知ってるのに…

 父さんに話さなかったのかな…

 それとも、二人とも分かってて知らん顔してくれてるの?

 だとしたら…


 …あたし、本当に身勝手過ぎる。



「だからって、殴るこたねぇだろ!?」


 陸が、あたしの肩を支えたままそう言うと。


「陸、あんたもいい加減…織離れしなさい」


 母さんが冷たい口調で言った。


「なっ、なんだよ、それ」


「あんたが織をかばいすぎるのも、こういうことの原因の一つなのよ」


「ああ、そうか。じゃ、言わせてもらうよ。ずっと二人きりにさせといたのは、誰だ?」


「陸、やめて」


「俺らは、ずっと二人きりだったんだ!」


 陸の剣幕に、そばにいた海が泣き始めてしまった。


「…海、こっちおいで」


 あたしは、海を抱きしめる。


「…織が、子供を産むんだぜ?俺は嬉しくてたまんねーよ。母さんたちは、そうじゃないのかよ。海のこと、かわいくねーのかよ」


「……」


 とうとう陸は泣き始めてしまった。

 いつも明るい陸。

 いつも頼りがいのある陸。

 取り乱したところなんて、一度も見たことなかった。

 あたしは…


「父さん、母さん…」


「……」


「誰かを好きになるたびに…妊娠なんて…だらし無い娘でごめんなさい」


 畳に額をつけて、お願いをする。


「でも、この子だけは…産ませて。そしたら、お見合いして結婚するから」


「織…」


「本当に、できの悪い娘でごめん」


 あたしの言葉に母さんは部屋を出て行ってしまった。


 父さんは無言であたしに近寄ると。


「…本当に、結婚するんだな?」


 って、小さく問いかけた。


「…はい」


 あたしが小さく答えると。


「それじゃあ、産みなさい。まあ、どうせ反対したとしても産むつもりだったんだろうけどな」


 って、低いトーンで言って部屋を出た。



「…悪かったな…」


 陸が涙をぬぐいながらつぶやいた。


「…ううん、嬉しかった」


 あたしは、目を伏せた。

 いつも、あたしがみんなを苦しめる。

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