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「驚いたねえ…全く」


 母さんが、ため息をついた。


「全くね」


 あたしは、小さく笑う。

 昨日、母さんに勘当された千寿が一年ぶりに帰ってきて。


「この人と結婚するから」


 と…女の子を紹介してくれた。


 桜花の美術の先生で、宝智も何度か授業を受けたと言っていた。

 長瀬世貴子ながせよきこさん。

 彼女は後に、かなりの有名人となる。



「どこで知り合ったのかしらねえ。真面目で奥手だから、女の子とは縁がないと思っていたのに…突然結婚する、だもの。心臓に悪いったら…」


 そうは言うけれど、母さんはとても冷静に千寿と彼女と、そのご家族の対応をした。と、ヤエさんに聞いた。

 ああ…あたしもその場にいたかった。


 千寿が恋をした人は、三つ年上の24歳。

 どこで知り合ったの?とコッソリ問いかけると、千寿は『本屋』と…笑顔で答えた。

 もっと詳しく聞きたいけど、それはまた…きっといつか。

 早乙女家が全員集合する時にでも。



「…あたしたちの知らないところで、ちゃんと大人になってるのね」



 外では、セミの声。

 千寿は…来月からアメリカに行くそうだ。

 バンドで渡米することが決まったらしい。


 そして…


「会うよ?」


 昨日、キッパリと言われてしまった。


 千寿と…あの人が、会う。

 21年経って、初めて…



「政則さんは、何て?」


 母さんが、お茶をすすりながら言った。


「何?」


「アメリカのことですよ」


「…しっかり親孝行してきなさい…ですって」


「…おやまあ…」


 あたしの言葉に、母さんは目を丸くして。


「本当に…政則さんは、お人好しですよ」


 苦笑いをした。


「でも、素敵な人だわ」


 あたしも…笑った。


「本当にね…千寿のことを息子として信じているから、そう言えるんでしょうしね」


 お茶の香りが、心地いい。


 千寿は、アメリカに渡って。

 あの人と…二年間一緒に暮らすそうだ。



 あたしは早乙女に生まれて、素敵な男性二人に出会えた。

 きっと、一生…そのことを誇りに思う。

 このまま静かで穏やかな幸せの中で。



 昔のような、はしゃいでばかりの陽だまりじゃなくても…。

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