14

「…婚約?」


 千寿15歳。

 突然、父方の叔父がやって来て…この話をした。

 千寿に…婚約をさせろ、と。


「そう。桜花の理事長の孫娘で、現在イギリスに留学中」


「桜花の理事長って…如月さん?」


「そうだ」


 如月さんと言えば、かなりの資産家。

 息子さん達もそれぞれが起業されて、大業績を成し遂げられているという…


「でも…婚約だなんて…」


 確かに、珍しい話ではない事は分かる。

 だけどそんな…あからさまに、援助を目的としたような婚約…

 あたしは母さんと顔を見合わせる。

 政則さんは、腕組をして考えてる。



「おまえ達、ちゃんと早乙女の将来を考えてるのか?」


「それと千寿の将来とは…」


 あたしが言いかけると。


「早乙女の将来は、長男が握ってる」


 叔父は難しい顔で言い切った。


「……」


「だいたい、涼、おまえがあんな子を産むから苦労するんだ。最初から政則くんと結婚してたら、評判だって…」


「待って下さい」


 叔父の言葉の途中。

 政則さんが、割って入った。


「何だね」


「千寿のことを、とおっしゃるのは、やめて下さい」


「…政則さん…」


「彼のお茶の腕はご存知でしょう?」


「う…」


 政則さんの言葉に、叔父は絶句。


「早乙女の将来を担えるほどの腕と感性の持ち主です。それは、貴方もよく分かっていらっしゃるかと」


「む…う…」


「政則さん…」


「あなた方が千寿のことを早乙女の駒としてしかお考えでないなら、この話はなかったことにしていただきたい」


 …涙が出るほど嬉しかった。

 政則さんは、ここまで千寿のことを…


 膝の上に置いた手を握りしめる。

 あたしも…千寿を駒としてなんて見られたくない。

 息を飲んで、断ろうとすると…


「僕は別にいいよ」


 ふいに、襖を開けて千寿が現れた。


「せ…」


「婚約の話、受けます」


 あたし達が呆然とする中。

 髪の毛を後ろで一つ結びにして、冷やかな目をした千寿は。


「受けますから、今日は帰ってください」


 ぶっきらぼうな口調でそう言って、静かに座った。


「…確かに、受けると言ったな」


「はい」


「よし、じゃ私は話を進める。これで失礼するよ」


 叔父が立ち上がって部屋を出ても、誰も声が出なくて…

 ただ、千寿を呆然として見つめるだけ。


「千寿、いいのか?婚約だなんて…おまえはまだ15なのに」


 言葉を発したのは政則さんだった。

 あたしは泣きたい気持ちで、二人を交互に見つめる。


「…いいんだ」


「だが…」


「駒でも何でも、役にたてるなら…いいんだ」


 千寿は照れくさそうにそう言うと、俯いたまま小さく頭を下げて部屋を出て行った。


「千寿…」


 あたしは、千寿の後を追って部屋を出る。

 階段を上がって…突き当りの部屋の前に立った。


「入っていい?」


『…いいよ』


 そっと部屋に入ると、千寿は机に向かって座っていた。


「…どうして?」


「何」


「婚約のこと。別に、千寿がそこまでしなくていいのに」


「…いいよ、別に」


「だって」


「今すぐの話じゃないし…どうせ、僕は人付き合い下手だから自分で相手探すなんて無理だし…探す手間がはぶけたと思えば」


「千寿…」


 あたしは、後ろから千寿を抱きしめる。

 千寿は…少しだけピクリと身体を震わせたけれど、拒絶はしなかった。


 こんな事…いつぶりだろう。

 小さな頃は、よく抱きしめていた。

 だけどいつからか…千寿が甘えなくなった。

 そして、あたしがこうして抱きしめなくなった。


 育った背中を頼もしく感じる反面、寂しさも押し寄せた。

 この子は…ずっと早乙女に囚われる事になる。

『夢が叶いますように』と書いたはずなのに。

 その夢は…

 ここにいて、叶う物なの…?



「誰も、あなたを駒だなんて思ってないわ」


「……」


 千寿は黙ったまま机に向かってたけれど。


「…すぐ、夕飯にするからね」


 あたしが部屋を出かけると、小さな声で言ってくれた。


「…母さん、ありがと…」

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