プロローグ ―― 発掘された旧文明人(2)
棺の中に横たわっていたもの、それは若い男性であった。
しかも、胸の上で両手を組み目を閉じている姿は、単に眠っているようにしか見えない。
年はアリシアよりも2~3才上に見える。端正な顔と少しくせのある黒髪が篝火に照らされている。
簡素だがこれまで見たことのないような白衣を着ており、上半身から膝下までを覆っていた。その下には襟のついた黒いシャツと濃いグレーのスボンが見える。
一万年前の棺から、生きたまま眠っている人間が見つかった。
これだけでも衝撃的である。だが、彼らが驚いているのはそれだけではなかった。
「ま、まさに、伝説の再現だ……」
リンツが、まるで男を起こしてしまうのを恐れているかのように、小さな声でつぶやく。
一万年の時を超えて目覚めた聖なる少女の伝説は、この国に住む者なら誰でも知っている。神殿も建立され、今でも神の使いとして崇められているほどだ。そして、彼女は旧文明の遺跡から眠った状態で発見された。その時と全く同じ状況だったのだ。
「……これは、生きてるんですかい?」
エドモンドが恐る恐る尋ねた。
「ええ、そうね……、死んでいるならとっくに白骨化しているはずよ」
アリシアも、魅入られたように目を離すことができない。
「この肌の色とつやといい、単に眠っているとしか思えないわ。ただ、すこし顔色が悪いようだけど」
確かに男の顔色は血の気が引いた状態に見えた。単に寝ているというわけではないようだ。
「こ、これが、もし伝説の再現だとしたら、そのうち目を覚ますのかもしれません」
リンツの声も心なしか震えている。
「どうしたら起きやすかね」
「いや、待て……。見ろ、顔色がよくなってきた」
アルバートの言葉通り、男の顔に血の気が戻り、頬にも赤みが差してきた。
同時に、まぶたが微かに震えて、少しずつ開いていく。
「あ、目を覚ますぞ」
「おお」
「なんということだ……」
男は完全に目を開いた。最初、焦点が合っていないようだったが、やがて意識もはっきりしてきたらしく、目に力が戻って来た。それと同時に困惑の表情になり、いきなり激しく身を起こした。
「おおっ」
その突然の動作に、驚いて身を引くアルバートたち。さらに、その後ろでは、
「ははーっ」
信心深い村人たちが一様に平伏していた。彼らにとっては、この男は神の使いも同然である。それが目覚めた現場に居合わせたことで、まさに畏れおののいていたのだ。
アルバートたちは学者として、これが神の使いなどではないことを知っているため、むやみに神聖なもの扱いしてひれ伏したりはしなかった。ただ、1万年前から眠り続けた男性と、その男性をかくも長く生きた状態にしておくことができる文明に対して深い畏敬の念を持っていたのだ。
「……」
「……」
あまりのことに言葉を失い、ただ男性を見つめるだけの一同。しばらくの間誰も口を開くことが出来なかった。
一方の男性は、なにやら困惑の表情で考え事をしているようだったが、やがて、こちらに向かって話しかけてきた。
「※※※、※※※※※※? ※※、※※※※※※※※※※※※※※※?」
しかし、それは全く理解できない言語だった。
だが、男が自分たちに向かって何かを話してきたことが、一同にさらに大きな衝撃を与えた。
「しゃべったぞ!!」
後ろに控えていた村人たちは、もう神の声を直接聞いたと言わんばかりにガタガタと震えだした。何人かが腰を抜かして、両手を合わせて必死に祈る姿も見える。
アルバートたちは口々に話しかけた。
「私の言うことが理解できますか?」
「あなたは誰ですか?」
彼は、しばらくその言葉に耳を傾けていたが、首を横に振った。そして、右手の人差し指を唇に当てたあと、両手の手のひらを二度押し出すような仕草を見せた。
「どういうことだろう?」
「きっと、向こうも言葉が通じないのに気がついて、何か考えているのではないかしら」
アリシアが思案げに言った。
「唇に手をやったというのは、話しかけるなってことよね、きっと……」
「そうかもしれない。すこし待ってみよう」
アルバートも同意する。
「隊長……」
エドモンドの声はかすれていた。
「何だ?」
「もし言い伝え通りだったら……」
「ああ、この後、この男性は我々の言葉を話すはずだ……」
伝説では、神の使いは目覚めた後、誰も理解できない聖なる言葉を口にし、その後、人間の言葉で話しかけてきた、とある。
一同は、もう一言も話すことなく、じっと男を見守っている。
彼は、ふと星空を見上げ、何か考え事をするようにみえた。
だが、しばらくすると、いきなり動揺した様子を見せ、頭を抱えてうなだれた。
「え、どうしたんだ」
「何かあったのか」
「どうしました? 具合でも悪いのですか?」
神の使いが頭を抱えたなどという記述は伝説にはない。一同は慌てふためく。
「ねえ、私の言うことが分かる?」
思わず声をかけたアリシアだったが、彼はこれまでとは違い、理解できている者の確かさで彼女の方を見て、うなずいた。そして、はっきりとした口調で言った。
「ああ。分かるよ」
「!!」
そのときの衝撃は、男性が目を覚ましたときよりも大きかった。
一同は凍りついたように身動きすることすらできない。
「……ほ、ほんとに伝説通りになっちまった……」
ややあって、エドモンドがつぶやくのが聞こえる。
伝説は、今、再現されたのである。
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