10044年の時間跳躍(タイムリープ)

ハル

プロローグ ―― 発掘された旧文明人(1)


「た、隊長、隊長ーっ」


 ここはアルトファリア王国の西端に近い、旧文明遺跡の発掘現場。

 すでに夜半になり、山と湖に囲まれた現場周辺には大きな篝火かがりびが置かれ、幻想的な光が辺りを照らしている。


 発掘隊の副隊長エドモンドが、スキンヘッドに筋骨隆々の巨体を揺らしながら、休憩用に設けられた天幕に向かって駆けて来た。


 屋根だけの天幕の下では、隊長アルバートとその娘アリシアが、現場見取図を広げたテーブルを挟んでここまでの進捗を確認しているところだった。

 彼らはいずれも考古学者であり、一万年前に繁栄を極めるも突如滅び去ったと言われる旧文明の研究をしている。


「た、大変です、隊長。ああもう、二人とものんきにお茶なんぞ飲んでる場合じゃねえですって」


 普段は、見た目にふさわしくあまり物事に動じないエドモンドだったが、今は必死の形相である。


「落ち着け。どうしたんだ、そんなに慌てて?」


 アルバートがなだめるように尋ねた。


 彼は50代半ばで、考古学者らしく知的な顔立ちと小洒落た口ひげ、文化人らしい瀟洒しょうしゃな雰囲気を持っていた。髪に白いものが混じってはいるが、長年の発掘作業のせいか日に焼けており、仕事に必要なだけ筋肉がついているようであった。


 一方、彼の娘アリシアはまだ若く、透き通るような肌、腰まで届くような滑らかな金髪を後ろでまとめ、切れ長の深いブルーの瞳が知性を感じさせる。美しいが冷たい印象はなく、朗らかに浮かんだ微笑みが人懐こく活発な雰囲気を漂わせていた。


「魔物でも出たの?」

「い、いえっ、違います。ひ、棺です。棺らしきものが出土しやした」

「なんだと!」

「なんですって!」


 エドモンドの興奮が移ったかのように、二人とも飛び上がった。

 各地で様々な旧文明の遺跡が発見されてきたが、考古学史上、棺の発見はほとんど例がない。事実ならまさに世紀の大発見である。


「い、いま掘り出している最中ですが、比較的状態はいいようです。リンツが調べてます」

「よし、すぐに案内しろ。ガイウス殿、念のため貴殿も来てくれ」

「分かった」


 少し離れたところに立って様子を見ていた初老の男が頷いた。彼はやや小柄で若くはなかったが、数人の部下とともに警護役として発掘隊に同行する傭兵である。



 一行が現場に行くと、すでに棺らしき白い箱が掘り起こされていた。篝火かがりびが置かれているため、オレンジ色に照らされている。


 棺といっても普通のものより大きく、なめらかな丸みを帯びていた。また、見慣れない金属でできているらしく表面はツルツルしている。


 すでに、そばには学者らしい風情の若者がしゃがんで食い入るように観察していた。もう一人の隊員、若手学者のリンツである。

 人足として発掘に駆り出された村人たちは立場をわきまえて遠慮しているのか、少し後ろに下がって遠巻きに見守っていた。


「リンツ、どうだ?」


 アルバートが声をかけ、すぐに棺の横にしゃがんで調べ始める。


「はい、30年前に発見されたのと同じ物だと思われます」

「あの時は確か、空の状態だったのよね」

「ええ。内部にミイラや骨などもなくて、結局未使用だったのではないかと考えられてるんです」


 リンツは、アリシアよりも数才年上だったが、普段から丁寧で落ち着いた言葉遣いで話していた。ただ、今はこの発見に興奮しているのか、やや声に緊張の響きが感じられる。


「今回は、骨の欠片かけらでも構わないから残っていてほしいものね」

「全くです」

「よし、開けてみよう。同じ種類の棺なら、蓋を開く機構が付けられていて、どこかにボタンがあるはずだ」


 彼らは棺の下部に頭を寄せ、手で探り始めた。


「ありやしたぜ」


 棺の足側にいたエドモンドが、棺下部の何かから指を離さないようにしながら、身を起こした。ボタンに指を置いているらしい。アルバートとリンツもそれを聞いてすぐに身を起こす。

 アリシアはそばに立って、じっと見守っている。


「どうします。押しますかい?」


 エドモンドが緊張のまなざしでアルバートを見た。

 警護役のガイウスは一歩離れたところから身じろぎもせず、警戒心を露わにその様子を見つめている。


「いいだろう、開けてくれ」


 アルバートが力強くうなずいた。


「了解。いきやす」


 やや張り詰めた声でそう言って、ボタンを押した。


 すると、気体が急激に漏れるような音がして、棺の蓋が真ん中から縦に割れた。隙間から冷気のような霞があふれ出る。

 そして、機械の駆動音とともに蓋全体が左右に割れ広がり、そのまま棺の内側に格納されていく。


 その瞬間。


「あっ!」

「こ、これは……」


 人々が大きく息を呑んだ。



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