第33話 一万年後の偉業
二人はしばらく通路を走った後、大きな部屋に入った。
リョウが勤務していた研究室である。
そのままアリシアをつれて一番奥にある巨大な装置に向かう。
「ねえ、これは何?」
「テレポーターさ。物体をテレポートさせる機械だ」
「そ、そんなのまであるの?」
「ああ、俺の研究チームが作ったんだ。キースと、そして、カレンもな」
「お母さんも……」
「そうだ。カレンは優秀な研究者でな、あいつのおかげで解決した問題も多かったんだぜ」
「そう……」
アリシアが一人テレポーターのそばまで近づき、リョウに背を向けてコンソールの前に立つ。そして、慈しむようにそっと手を触れた。
「お母さんは、ここでこの機械を……」
「ああ、ちょうどそんな感じで立っていたんだ」
アリシアの後ろ姿がカレンと重なり、最後に彼女に会った時のことを思い出す。
(時は
カレンが作ったテレポーターが娘の命を助けるかもしれない。時の流れに畏敬の念を感じて、リョウはアリシアの隣に立ち、テレポーターを見上げた。
本来、これは試作品の段階であり、動作が不安定だった。そしてまた、人間どころか生体の転送実験も済ませていない。ここまでこの装置のことを思い出さなかったのは、使える段階にないという思い込みがあったからだ。
だが、この時代に目覚めて、意外なところから問題解決のヒントをもらった。それがグスタフのテレポートだった。
テレポーターは、2つの地点の空間をいわば重ね合わせる形で物体を移動させる。それは、グスタフの呪文の発生原理と極めて似ていたのだ。そして、リズに分析させるうちに、この装置の改良すべき点に気がついたのだった。
科学と魔道が異なるといっても、同じ原理で作用することはやはり同じ法則が通用する。しかも、テレポートは、こちらでは確立された技術となっている。技術の成熟度がまるで違う。
「アリシア、床に円が描いてあるだろう。その中に入ってくれ」
「ええ。魔法陣みたいね」
「まあ、目印みたいなもんだ」
「ふうん」
アリシアは、テレポーター脇に描かれた円形の転送マーカーの中に立つ。
「よし、テレポーター、システム起動」
リョウの声に反応し、装置が動き出す音が聞こえ、同時にいろいろな個所が点灯し始めた。スクリーンを見ながらコンソールを操作する。
『リズ、空間の分離・同定プロセスに入るとき、グスタフの魔道から得られたパラメータを応用してくれ』
『了解。シミュレーションでテレポートの成功確率を計算するわ』
『頼む』
しばらくして、リズの声が聞こえる。
『シミュレーション終了』
『結果は?』
『97.86%で成功よ』
『すげえ、これなら大丈夫だな』
2・14%の失敗率というのは、移動手段としては実用化にはまだ程遠い数値である。なにしろ、1000人ごとに20人は死ぬのだから。しかし、手段を選んでいられないこの状況で命をかけるには十分すぎる確率であった。
(とは言うものの……)
そう。とはいえ、今から転送するのは実験動物ではない。アリシアである。
ちらりと彼女に目をやると、少し感傷的な表情でテレポーターを見つめていた。母親のことを考えているのだろう。だが、彼の視線に気がついたのか、こちらに視線を戻して、微かに微笑んだ。
(アリシア……)
リョウは、急に2・14%が果てしなく大きな数字に感じられた。
コンソールパネルを操作する指先が微かに震える。
しかし、もう迷っている場合ではないのだ。どちらにせよこのままでは二人とも死ぬ。
スクリーンに『準備完了』の文字が表示されたのを見て、リョウは決意を固めた。
「……じゃあ、転送するぞ 」
「うん」
やや緊張した面持ちで、アリシアがうなづいた。
(カレン、どうか娘を無事に飛ばせてやってくれ)
リョウが、祈るような気持ちでテレポート開始のボタンをタッチした。
その瞬間、テレポーターの駆動音が変わり、一瞬の淡い光とともにアリシアの姿が消えた。
「おお……」
だが、これだけでは無事に転送できたのかどうか分からない。
スクリーンを慌てて振り返ると『転送完了』の表示が出ている。
念のため転送ログを確認する。全ての数値が正常値だった。
『アリシア、無事か?』
だが、返事はない。
ログ上は成功しているはずである。
そして、不安になり始めた時、
『リョウ、私は無事よ』
アリシアの声が聞こえた。
テレポートは成功したのだ。
『やったか! よし、そこでちょっと待っててくれ』
リョウは、安堵と喜びで飛び跳ねたいのを我慢して、次の転送準備に入った。
もう時間が残されていない。
自分を転送する前に、もう一つすべきことがあったのだ。
■■■■
(それにしても、すごい術ね……)
一方のアリシアは、今だに自分の身に起きたことが信じられない思いだった。
瞬きした瞬間、突然世界が変わったかのように、自分が別のところに立っていたのだ。自分の体が移動した感じも全くなく、自分が瞬間移動したというよりも、自分の周りだけが取り替えられたという感覚である。
あまりに何も感じなかったため、自分の頭のほうが、何が起こったのかを理解するのに時間がかかった。
自分の手を見つめる。どこにも異常は感じられない。
アリシアは、旧文明の科学力の高さに圧倒される思いだった。
(そっか、ここに飛ばされたのね)
ふと見上げると、ここは山の中腹にある見慣れた崖のそばだった。
発掘現場とその奥の湖や山々を一望できる、自分のお気に入りの場所である。
そしてまた、三十年前、湖の底に埋もれていたリョウをカレンが見守っていた場所でもある。
「アリシアさん!」
突然、後ろから呼びかけられた。振り向くと、エドモンドだった。その向こうにリンツと、ガイウスの部下でここに残ったティール、さらに村人たちも見える。どうやら、ここに発掘隊が避難していたらしい。木々の間に天幕を張り、臨時の野営地を作ったようだ。
「ご無事だったんですかい。ですが、どうやってここに?」
「リョウが、テレポートさせてくれたのよ」
「何ですと?」
そして、簡単に経緯を説明した。そして、父やガイウスたちが亡くなったことも。
「そ、そんな、隊長が……亡くなった……」
「ええ」
「……」
沈痛な沈黙が流れる。
エドモンドは、目頭を押さえてうつむいた。彼の巨体が急に小さくなったように見える。
彼はアリシアが生まれる前からの父の仲間だと聞いている。
彼にとっても父は家族同然だったのだ。
だが、その時だった。ふいに、エドモンドの背後で皆が大声を上げるのが聞こえてきた。目をやると、アルバートとガイウス、そして彼の部下たちが地面に横たわっていた。どうやらテレポートされたらしい。いずれも倒れた時の姿勢で、血みどろの姿なのがここからでも分かる。
「見て! リョウがみんなをテレポートしたんだわ!」
「な、なんと」
「行きましょう」
アリシアたちが駆け寄ると、リンツがアルバートの、ティールがガイウスの脈を取っていた。
「ねえ、リンツ、あのね……」
彼らが全員死亡したことを告げようとすると
「アルバート隊長はまだ息があります!」
「総長もです!」
「なんですって?」
アリシアは飛び上がった。
「お、お父さん」
鍛えられたガイウスはともかく、あれだけの傷を負いながらどうやって、と疑問に思った時、父の手に何かが握られているのが見えた。
「回復ポーションの瓶だわ」
瀕死のアルバートはどうにかしてポーションを飲んだのだ。傷が深すぎて回復には程遠いが、命をつなぎとめたらしい。
「お父さん、しっかりして」
アリシアが、父のそばにしゃがんで手を握る。
生きているとはいえ重篤な状態であるのは間違いない。顔色は死人のように青白く意識もない。
「あとの三人は?」
アリシアが尋ねると、ティールは黙って首を横に振った。
「そう……」
「とにかく、すぐ手当をしないといけやせん。リンツ、救急箱を持ってきてくれ」
「はい」
「お父さん、今助けてあげるから、しっかりして」
慌ただしくエドモンドたちが治療を始める中、アリシアはアルバートの手を握って、励ますのだった。
■■■■
そのころリョウは、自分をテレポートさせるための準備をしていた。半自動運転させなければならないため、別に設定が必要であるのだ。
(まさか、この時代でテレポーターが完成するとはな)
こんなに科学力が低い時代で、科学の粋を結集して作ったテレポーターについて教わることがあるというのは意外だった。だが、せっかく完成にこぎ着けたというのに、あと少しで基地ごと破壊される。複雑な思いに沈みながらも、リョウはテキパキとテレポートの準備をしていた。
そのとき、
「リョウ、そこまでだ」
不意に自分の後ろから声が響いてきた。
「キース!」
振り返ると、実験室の入り口で、キースがレイガンを突きつけながら立っていた。そして、そのまま自分に向かって歩いてくる。遠目にも怒りに打ち震えているのがよく分かる。
「邪魔ばかりしおって、だが、それもここまでだ」
レイガンの安全装置をオフにする電子音が聞こえた。自分の頭を狙っているのは間違いない。
キースは、用心からかリョウから少し離れたところで立ち止まった。
「観念してもらおう」
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