第32話 シールドの罠


「ここだ。着いたぜ」


 機関部の前までたどり着き、リョウはアリシアを振り返った。


「……」


 アリシアは、無言で頷く。

 ここまで駆け足で来たため、二人とも少し息が上がっている。

 今のところ、ゴリアテや機械兵が追って来る気配はない。

 追撃を避けるべく、途中で非常用の隔壁を下ろして来たのが功を奏したらしい。


 あれから、彼女はほとんど何も話さなかった。それも無理はない、自分の父親が機械兵に背中を切られ胸を刺されるところをまともに見たのだ。

 おそらくあの時の様子では、頭を撃ち抜かれたラースはもちろん、アルバートもガイウスも生きてはいまい。いや、仮にまだ生きていたとしても、もう助けに行く方法も時間もない。リョウはまだはっきりとは告げていなかったが、それは彼女も察しているだろう。


「……」


 アリシアになにか声をかけようとしたが、適当な言葉が思い浮かばず、無言で認証パネルに手を当てる。僅かな駆動音とともに扉が開いた。

 

「入るぞ」

「……ええ」


 一歩中に入った途端、目の前の光景に圧倒されそうになった。


(おお……)

(これは……圧巻だな)


 リョウ自身もここに入るのは初めてである。


「ここがエネルギーを作る部屋なのね」


 隣でアリシアも驚嘆の声を上げた。


 機関部自体も30メートル四方ほどの大きなもので、部屋というより大ホールと言ったほうが近い。しかも、高さが三階の天井ぐらいまである。そして、その中央には、円柱の塔に見紛うような巨大な装置が備え付けられていた。


(これが、反物質反応炉だな)


 直径が7~8メートル、高さ3メートルほどの円形の台座のような大きな装置から、直径が4メートルほどの円柱が突き出て、高い天井にまで達していた。天井部分でも、やや小さいが似たような装置が取り付けられ、円柱の受け手となっている。台座部分も柱部分も様々な部品や装置が組み込まれ、それらの動作状態を表すような計器やパネルが取り付けられていた。

 そして、反応炉は作動中らしく、唸るような低い音をたてながら、計器類がさまざまな光を放っていた。

 また、地上部分の壁に沿って大小さまざまな装置が並べられ、壁にもスクリーンが多数取り付けられ、様々な図や数値などが表示されていた。


「ねえ、壊すのって、この大きな円柱みたいな機械?」


 リョウの後ろからアリシアが、不安げに声を掛けてきた。


「そうだ」

「こんな頑丈そうな鉄のかたまり、破壊できる?」

「ああ、それは大丈夫だ。この爆弾があればな」


 リョウは、後ろを振り返り、ハーフローブの両方のポケットをパンパンとたたく。中には、武器庫から取ってきた反粒子爆弾が入っている。


「……そう」

「爆弾をセットする。誰か来ないかここで見張っててくれ」

「うん……」


 リョウは、すぐに作業に取り掛かるべく反応炉に向かい、ポケットから反粒子爆弾のうち一つを取り出した。


『リズ、あと何分だ』

『18分よ』

『どこに爆弾を取り付けたらいいか教えてくれ』

『了解』


 そして、リズに正確な設置場所を聞いて、それに従って取り付ける。

 タイマーは、ミサイル発射2分前に合わせた。これだけあれば、ミサイル発射前に基地が完全に破壊されるというリズの計算だった。

 そして、念のため解除コードを設定し、4つの爆弾をリンクさせた。キースが解除しようとしても、解除コードが分からなければオフにすることができず、無理やり外そうとしても4つの爆弾が同時に爆発する。これで、キースが機関部に来ても10分やそこらでは爆弾を解除できないだろう。


『これでいいか? もう一度確認しろ』

『確認完了。反粒子爆弾は全て所定の位置に取り付けられているわ』

『よし』


 リョウは、安堵のため息をついた。これで、少なくともミサイルの発射は阻止することができるはずだ。あとは、自分たちが脱出するだけである。


「終わったぜ」

「……そう」


 アリシアに呼びかけると、こちらにやって来た。

 機関部に入ってきたときは、物珍しさも手伝ってか、熱心にいろいろな装置に見入っていたようだったが、その後は、また物思いに沈みがちだった。


「……」


 リョウは、そんな彼女の様子を見て、何か励ますようなことを言おうとしたがやめた。何を言ったところで、父親を失った悲しみは癒えるはずがないのだ。


「じゃあ、シールドを張る準備をして、ここを出よう」

「うん」


 基地はほとんどが埋没しているため、外に出るためには、最初に入ってきたリョウの研究室に戻る必要がある。しかし、リフトは、途中でキースに止められる恐れがあり使うことはできない。リョウは、もう走って戻るしかないと考えていた。ただ、この広大な基地の端から端に当たる居住棟と機関部をリフトなしで行くのは走っても時間かかる。今なら十分間に合うが、途中で何があるかわからない。時間は無駄にできなかった。


『リズ、シールドを張る準備をして基地を出る。どうすればいいんだ?』

『今から侵入するわ。管制コンピューターに命令してみて』

『了解』


「えーと、管制コンピューター、聞こえるか?」


 リョウがややぎこちない様子で、管制コンピューターを呼び出す。研究員である彼は、基地の基幹機能を担う管制コンピューターを使うことはなかったのだ。とりあえず、キースがしていたように話しかけた。


『はい。動作中です』


 壁のどこかにあるらしいスピーカーから、管制コンピューターの声が聞こえる。

 突然の声に、アリシアは驚いた様子を見せたが、先ほどリフトの中で音声案内を聞いたせいか、危険ではないことを把握しているようだった。


「俺たちは今から基地を脱出するから、それを確認したらすぐにシールドを張ってくれ」

『司令官の命令により、すでにシールドはフルパワーで作動中です』

「えっ? まあ、いい。じゃあ、俺たちが出るまでいったん解除してくれ」

『それはできません。あなたは当基地のシールド機能に対するアクセス権を持っていません』


 にべもない管制コンピューターの反応を聞いて、リョウは困惑した。


『おい、リズ、どうなってんだ? コイツ言うこと聞かねえぞ。なんとかできるんじゃなかった……』


 だが、リョウが言い終える前に、リズの焦った声が被さってきた。


『た、大変よ。バックドアがなくなってるの』

『なんだと?』

『キースが自己診断プログラムを作動させたのよ。それで、セキュリティーホールが見つかって、この部分がバックアップからリストアされたみたい』

『マジかよ。なんてこった……』


 リョウは天を仰いだ。

 おそらくキースは、先程の映像を見て管制コンピューターのハッキングを疑ったのだ。

 

(ちっ、30年もテクノロジーから離れてたくせにやるじゃねえか)

(だが、なぜシールドを張ったんだ?)


 ふと、疑問に思ったが、よく考えてみると、その理由は明らかだった。


「リョウ、どうしたの?」


 彼の様子に気がついたのか、アリシアが尋ねる。


「シールドがすでに起動していて、キースの命令で解除できないんだ」

「何でそんなことを?」

「……たぶん、俺たちをここから出さないためだ」

「そう。そういうことね」


 シールドは外からの攻撃を防ぐため物質を通さないよう作られている。逆に言えば、中から外に出ることも不可能であり、起動中は外に出られないのだ。

 つまり、他国からの攻撃を受けるはずのない今、キースがシールドを起動したのは、リョウたちをここから出さないという意思の現れというのは間違いない。


「まずいことになったな」


 それからしばらくの間、リョウはシールド解除の方法を探ったが、どれもうまくいかなかった。管制コンピューターは、司令官の命令がないと解除できないの一点張りだったし、シールド発生装置の破壊も考えたものの、離れた場所にある複数の装置を破壊しなければならず、時間的に不可能だった。


『リズ、なんとかならねえのか?』


 無駄と知りつつリズに尋ねる。


『さっきのバックドアがない限り無理よ』

『お前だけで、管制コンピューターにハッキングは?』

『無理だってば。あたしが言うのも何だけど、BIC程度に簡単に侵入されるようじゃ、怖くて軍事基地なんてやってられないわよ』

『そりゃそうだよな……』


 そして、悄然とアリシアに向き直った。


「……アリシア、すまない。もうシールドを解除する方法がない」

「それって、脱出できないってこと?」

「ああ。シールド起動中は外に出られないからな。もちろん、爆弾を止めれば、助かるが……」

「でも、それだとミサイルが発射されるんでしょ?」

「ああ」

「それはだめよ。ここまで来た意味がないし、みんな何のために……」


 アリシアは、最後まで言うのがつらそうに、そこで言葉を飲み込んだ。


「俺もそう思う。ただ、せめてお前だけでも逃げられればよかったんだが」

「ううん、いいのよ。何万人もの命を救えるなら仕方ないわ。それに……」

「それに?」

「私だけ遺されるなんていやよ」


 肩をすくめて、軽い口調で言おうとしたようだったが、その瞳に浮かんだ深い悲しみは隠しようもなかった。


「アリシア……」

「だって、お父さんがいなくなって、私一人ぼっちになっちゃったじゃない? そのうえ、あなたまで失ったら私、どうやって生きていけばいいのよ」

「……」

「だからね、もういいの」

「……すまない。こんなことにお前を巻き込んでしまって……」


 リョウがうなだれると、アリシアはその手を取って首を横に振った。


「別にあなたが悪いわけじゃないでしょ。それに、お母さんが生きていたこの遺跡に来れただけでもよかったのよ。だから、そんな顔しないで」


 そして彼女は愛おしむような目で右手をリョウの頬に当てた。


「アリシア……」

「……だけど、こんなことになるならテレポートを習っておけばよかったわね。グスタフさんみたいに」


 彼女がポツリと言った。


「グスタフ? ああ、テレポート使った奴か」

「ええ。そうすれば、ここから二人で脱出できたのにね。……とは言っても、簡単に習得できないのだけれど」

「あぁ、そうだな……」


 曖昧に返事をしたリョウだったが、突然、雷に打たれたような衝撃が走った。


「ああっ!」

「えっ?」


 アリシアが驚いた顔で、リョウを見る。


「忘れてた!」

「どうしたの一体?」

「ああ、何で今まで気がつかなかったんだ。バカか俺は」


 リョウは彼女の手を離し、自分の思いついたアイデアを猛烈なスピードで頭の中で検証する。そして、その場をうろうろと回り始めた。


「ど、どうしたの、急に?」


 一連の言動について行けずアリシアが不安そうな表情を見せる。だが、リョウは、アリシアの声に反応できないくらい集中していた。

 そして、しばらくして彼女を振り返った。


「アリシア、もしかしたら、うまくいくかもしれない!」

「な、何が?」


 話の見えないアリシアは、リョウの興奮に戸惑うばかりである。

 リョウはどう答えようか一瞬迷ったが、彼女の質問に答える代わりに、ニヤリと笑った。


「……なあ。前に俺が氷柱の呪文を使えたときに驚いただろう?」

「え? う、うん、そうね」

「じゃあさ、もし俺がテレポートまで使えるって言ったらもっと驚いてくれるか?」

「ええっ? ホントに? で、でも、そんな……」


 テレポートは、高位の魔道士ですら何年も修行しなければならない、とはアリシアの言である。それをいきなり使えると言われて、よほど衝撃を受けたようだった。


「まあ、『使える』とまで言ったらちょっといいすぎか。『使えるかもしれない』程度かな。だけど、何もせずに吹き飛ぶよりマシだろ。さあ、時間がない、行くぜ」

「え、ど、どこに?」

「テレポートができる場所さ。ほら行くぞ」


 リョウは、アリシアの手を取って駆け出した。


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