死地:戦場と線上

 大地は灼けて大気は割れた。比喩ではない。一条の光が空から墜ちてきたかと思うと ―思えばそれは大型の爆弾の類であったのだろう― 瞬間的に膨れ上がった熱がたちまちのうちに酸素を取り込んで更に膨れ上がる。大きすぎる熱量は伝播し、燃えるものは全て燃え、燃えないものもあまりの高熱に融けて灼けた。

 熱だけではなく、割れた大気が衝撃波となって生命体を襲う。吹き飛ばされたコンクリートや樹木で手足を潰されるならまだ軽傷だった。頭を半分以上、或いはほぼ身体の全部を吹き飛ばされた、をこれまでに何度も見た。

 血生臭さよりも灼けた臭いが鼻腔の奥にこびりついているような気がした。

 高熱に皮膚と言わず内臓まで灼けるその苦痛を想像しようとして、理性がそれを止めた。

 【助けられる生命】なんてどこにもなかった。


『人間とは斯くも愚かで残忍だ、如何に知性があれどケモノにも劣る行為を【正義】という大義名分だけでやってのける』

「……では何故師匠は医師を続けているのですか」


 さらりと黄金色を流し、隣に立つ師はゆるりと笑んで見せた。


『そりゃぁ、何故って、死からは誰も逃げられないからだ』

「どういうことです?」

『こうやって戦で無辜の民が焼き殺されるのも、道端を歩いていて車が突っ込んできて死ぬのも、病に罹って死ぬのも、どれもこれも人間が決めることじゃない、そんなことは大した問題ではないのさ』

「……お願いですから解る言語で解るように話してください、いつも言っていることですが」


 謎かけのような、或いは詩のような師の言葉に頭痛がする。


『キヨ、お前は運命を信じるかい?』


 不意な問いかけに眉根が寄るのを自覚する。


「いつから師匠は運命論者になったのですか」

『お前が知らなかっただけで、わたしはずっとずっと昔から運命を信じているよ』

「左様ですか」

わたしとお前が出逢ったのも運命に他ならない。

 わたしがあの時日本という島国に足が向いたのも、その先でお前のことを知ったのも、そしてお前を救けられる立場にあったのも、何もかもでしかない。

 けれども、の折り重なりは最早運命なのだよ』

「そのことについては、まぁ、感謝していますが」

『偶然のひとつが欠けても今、わたしの隣にお前は居ないだろう、つまりはそういうことさ』

「……質問の答えになっていませんが」

『おっと、バレてしまった』


 悪戯っぽく笑う師を軽く小突いて、話を戻す。


「師匠は《死からは逃れられないから》とおっしゃいましたが、それが何故医師を続ける理由になるのかを私にも解るように説明してください」

『んー……生きてるからこそ美しいものはあるだろう』

「人のみならず生きとし生けるものは全て死にますよ、それが早いか遅いかだけの違いでしょう」

『人は死ぬ、動物も植物も死ぬ、人が作ったものもその思想も時間が経てば風化し色褪せる、けれど、ものがあるのさ』

「ふむ、それはなんです?」

『……今のお前にはまだ、解らないだろうね』


 じっと顔を見つめられ、そう断言される。

 その理由が解らなくて正直腹立たしいので軽く蹴っておく。


『痛いよ、師を蹴る弟子が何処に居るんだい』

「此処にいますよ、師匠。そしてこれ以上此処にいてももうどうしようもないでしょう。そろそろ戻りましょう」

『……そうだね、残念なことに、戻って負傷者の手当てをしよう』


 踵を返して歩き出して、師がついてこないことに気付いた。振り返ると遠くを見るその姿が焼け野原になった地平線を見つめていて、まるで一枚の影絵のように見えて。


「……師匠!」


 思わず強い声で呼ぶ。


『おっと、失礼』


 向き直っていつものように微笑するその表情に安堵した。

 そのまま消えてしまいそうに思えたなんて言ってやらない。

 不意に師が足元にあった黒い枝を手にした。炭になったそれで黒く焼けた地面に線を引いていく。


「手が汚れますよ、」

『見てごらん、キヨ』


 先程立っていた場所からほんの2、3メートル。地面に引かれたライン。


「……?」


 その意味が解らずに首を傾げる。


『さっき居た場所と、は繋がっているだろう?』


 だろう?と問いかけられても、はぁ、としか答えられない。だから何だと言うのか。この師は決定的に言葉が足りていない気がする。


『全て繋がっているのさ、キヨ、お前が思っているよりも、知覚しているよりももっともっと多くのものと、お前は繋がっている』

「……はぁ、」

わたしが医師を続けるのは、そういうことさ』


 どこまでいっても謎かけのような師の言葉に、嘆息がひとつ。


「解りませんが、とりあえず今は戻ることが先決です。……戦争はまだ続いているのですから」





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