読んだら死ぬ絵本

真野てん

第1話 死体発見

 八月ももう終わろうかという夏のある日。

 いつものように少年は、まだ夜も明けきらぬ内から住み込みで働く新聞販売店を出た。元来の勤勉さに加え、実家で待つ弟たちのことを思えば、激務といえどもさほど苦にはならない。小脇に抱える新聞束の重さにももうなれた。


 残暑厳しいといわれるこの時期だが、早朝ともなればそろそろ肌寒くもあり、風邪など引いて親方に迷惑でもかけたら大変だと、配達路を走りながらひっきりなしに汗を拭う。首から下げた手ぬぐいも、もう何度絞ったか分からない。


 路面電車の始発もまだ、自動車の往来もまばらとくれば横着をしない手はない。少年は嬉々とした顔で大通りを駆け抜けてゆく。これも彼だけに許される特権行為である。


 朝刊の配達も半ば。


 少年の足は『ひかりの家』という児童養護施設に向いた。ぐるりと周囲を覆うコンクリの塀は、ちょいと飛び跳ねてやるだけで泥棒除けの有刺鉄線の隙間から庭先が見える。そこにはブランコやら鉄棒やらの遊具があり、隅の方にはガラス張りの温室まであるのだ。


 少年は、それらを見てはいつも「こじゃれたものだな」と感じていた。建物自体も屋根に瓦は葺いてはいるが洋風の造りだ。


 一体こんなお屋敷にはどんな子供たちが引き取られているのだろう、一度会ってみたいもんだなと思ってみるものの、如何せん自分ほどの早起きな子供はこの街にはいないとみえる。彼らはきっとまだ夢の中だ。


 屋敷の正門には新聞受けの付いた大きな鉄扉がある。少年はいつものように、小窓から八つ折りにした朝刊を差し入れようとした。


 するとどうしたことか、普段は気にならない小窓の向こう。洋館の玄関付近にこんもりとした影が見えている。未明とはいえ夜目になれた少年には、それがなんだかはっきりと識別できていた。次第に表情が強張る。


 見ると地面には黒ずんだシミが広がり、そのもの自体もまるで投げ捨てられた傀儡のような有様だった。そして傍らには、なにやら四角いものが落ちている。


 バサバサと、大事な新聞束が地面に落ちた。

 勤勉な少年が職務も忘れてあらんばかりの声で叫ぶ。


 誰かが死んでいると――。

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