235 繭 ……月が、見えますね。
繭
……月が、見えますね。
小島真由子はたくさんのお嬢様たちが通う学院の中でも、頭一つ抜け出した本当の超お嬢様だった。
その日、赤坂にある実家から運転手付きの高級車に乗って、真由子は西麻布にある秘密の会員制レストランに食事に向かった。
それはプライベートな食事ではなかった。
いや、超お嬢様である真由子にとって、プライベートな時間など、あってなきようなものだった。
真由子がそのレストランに食事にいった理由は、自分の婚約者、つまり親の決めた許嫁の男性と食事をするためだった。
「ちょっとだけ車、止めてもらえますか?」
真由子は運転手さんにそう言った。
年配の熟練した運転手さんは、「はい。わかりました。真由子お嬢様」と言って、少し先に進んだところで、道路の傍に車を寄せて、そこで車を止めた。
運転手さんが運転席から降りて、真由子のためにドアを開けてくれた。
「ありがとう」真由子は言った。
真由子はその日、着物を着ていた。
由緒ある小島家では、許嫁の男性と食事をするときには、こうしてきちんと着物を着ることが、女性の正しい服装であるとされていた。
真由子は母親のいいつけを守り、今日もきちんと、着物を着ていた。
真由子はその日、薄紫色の落ち着いた色の着物を選んだ。
薄紫色は、真由子の一番好きな色だった。
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