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 木野が彼女と再会をしたのは、それから数日後のことだった。

 大学の図書館に向かって、黄色に色づいた銀杏の葉の舞い散る大学の中央通りを歩いていると、反対側から彼女が、薊が一人でこっちに向かって歩いてきた。

 薊は白いワンピースとカーディガンをきていて、頭には同じく水色のリボンのついた白い帽子をかぶっていた。でも、遠くから一瞬、その姿を視界にとらえただけで、木野はそれが薊であるということが、わかった。

 木野は夢でも見ているのかと思った。

 それは間違いなく二年ぶりに見る彼女の現実の姿だった。薊は当時とあまり変わっていなかった。いや、以前よりも、もっと綺麗になっていた。

 木野は動揺を抑えながら、なるべく平然に行動した。

 なにも知らない彼女は、どんどんと木野のほうに歩いてくる。木野も彼女に向かって歩いていく。

 そして、二人はすれ違う。

 秋風が吹く。

 その風が彼女の白い帽子を僕のところにまで飛ばしてくれればいいのに、と木野は思う。

 でも彼女は、薊は手で帽子を抑えてしまった。帽子は飛ばなかった。

 木野もなにも行動しなかった。

 二人はそのまま別々の道の上を歩いていく。せっかく近づいた、お互いの顔が見えるまでに近づいた二人の距離が、どんどんと遠ざかっていった。

 木野はなにもすることができない。

 動かない、なにもしない臆病者。

 本当の木野がそこにはいた。

 木野は彼女の前だと、うまく嘘がつけなくなってしまうのだ。

 でも、それでも、木野は勇気を出して道の上に立ち止まった。木野の頭の中にあったのは、朝陽の顔と、明日香の顔、……それから、こんな臆病な自分に恋の相談をしてくれた、立花葵の顔だった。

 こんなんじゃ、みんなに顔向けできない。

 木野はそう思った。

 そして、彼女に声をかけるために、黄色の銀杏の葉が舞う道の上でそっと後ろを振り返った。

 するとそこには彼女がいた。

 彼女は、木野と同じように道の上で足を止めて、木野と同じように、真剣な表情をして、真剣な眼差しで、こちらを振り返って、木野のことを、……ただ、じっと見つめていた。

 

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