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 朝陽と明日香は、あるいはそれ以外の木野の数少ない友人たちも、いや、もしかしたら木野の家族も含めて、あらゆる人が明らかに木野のことを誤解していた。

 確かに木野は要領が良かったし、周囲からの評判も良く、女性にも、それなりにもてた。でもそれは、すべて木野の努力の結果だった。

 木野は本当の自分というものを、ほとんど表に出すことなく生活をしていた。それが木野の生きるための選択だった。

 もっとも、こういうこと(つまり、自分に嘘をつくということだ)は木野だけではなく、ほとんどの人が意識的に、あるいは無意識的に行っていることだということは、木野にもわかっている。

 大学に通う木野の同年代の友人たちも、バイト先で出会う朝陽や明日香たち後輩も、あるいは先に社会に出て行った先輩たちも、程度の差はあるけれど、みんなそうなのだということはわかっている。

 自分に正直に生きているやつなんて誰もいないのだ。

 でも、木野はその傾向が確かに強いほうではあったし、なによりもそんな自分に木野は毎日、かなり強いストレスのようなものを感じていたのも、事実だった。

 ……要するに木野蓮は、自分のことがあまり好きではなかったのだ。

 いつまでも変われない自分。変わろうとしない自分が嫌いだった。

 だから明らかに変わった朝陽や、前に進もうと努力している明日香のことを見て、木野は素直に羨ましいと思った。

 自分も二人のように変わりたいと思ったのだ。二人を変えたもの。二人にあって、木野蓮にはないもの。

 それはきっと世界が愛と呼ぶ現象なのだと、木野は透き通るように晴れわたる秋の空を見ながら思った。

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