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 木野は大学を出てバイト先に向かった。

 空はずっと晴れていた。

 時折吹く秋風が気持ちよかった。

 バイト先に到着すると、そこには立花葵がいた。

「おはようございます」

 葵が木野に挨拶をした。

「おはよう」

 木野も葵に挨拶をする。

 すると、それで休憩室の中は無言になった。

 木野は椅子に座っている葵から注意をそらして、更衣室でコック服に着替えをした。外に出ると、そのころにはもう葵は仕事に出ていた。

 葵はすごく仕事のできる高校生なのだけど、あまり愛想が良くなかった。

 笑顔が少ないのだ。

 木野は葵にもっと笑って欲しいと思った。

 でも、同時に、あまり笑わない、つまりあまり演技しない、嘘をつかない葵の態度に木野は好感を抱いていた。

 木野は確かに愛想良く笑っていたが、それは仕事先での話であり、仕事だから笑っていただけだった。

 葵と木野。

 どちらが哲学的に正しいかといえば、確かに葵のほうが正しいと思った。

 それに葵は確かに愛想が良くなかったけど、凛々しさがあり、それはある一つの個性と呼べるような概念にまで達していた。

 まるで笑わないことで、葵は立花葵とはこういう人間なのだと、周囲に主張をしているように見えた。

 つまり、雄弁なのだ。

 強い子だな、と木野は思った。

 それが初めてバイトの面接に来た葵を見たときから、ずっと木野が感じている立花葵の印象だった。

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