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 このあとの時間は、バイトの時間だった。

 大学の近くにあるレストランでのバイトの時間は苦学生の木野にとって、お金を稼ぐという目的が一番であることには間違いないのだけど、同時に自分よりも若い高校生のバイト仲間と会話ができることが、木野にとってはなによりも刺激的な経験だった。

 とくに最近は木野にとてもよくしてくれる後輩の二人に劇的な変化があった。

 一人は林朝陽。

 朝陽はとてもいいやつだけど、自分で自分を自分の内側に閉じ込めて、貝のようにじっとしているところがあった。それは朝陽の優しさ(つまり他人を傷つけたくないという感情だ)から生じている現象なのだけど、木野はそれがあまりいいことではないと思っていた。

 しかし朝陽は、初恋の相手である五十嵐響子という少女と再会をして、彼女に告白をして、彼女と付き合うようになって、以前に比べて随分と明るくなった。自分を外に出すようにもなった。

 もともと、今までが我慢をしすぎていただけであって、本来、一途な朝陽はこれくらい熱いやつなのだ。

 木野は、以前の朝陽が嫌いなわけではないのだけど、今の朝陽がとても気に入っていた。

 もう一人は梢明日香。

 こっちは一見問題ないように見える優等生の女子高生だったけど、実際は朝陽以上に問題児だった。一番の問題は朝陽は自分が未熟であるということを認識しているのだけど、明日香はそうではないという点だった。

 明日香はまだ問題がどこにあるのかすら、あるいは自分に問題はないと、思い込んでいる節があった。

 でも、それが明日香の強みでもあった。迷いがないから明日香はいつもまっすぐに自分の道を走っていた。でも、それが朝陽に間接的に振られたことで迷いが生じた。迷いが生じると、今まで迷いがなかった分、明日香はその反動で一歩も前に進めない状態になった。

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